カテゴリ:ブログの管理人
しかし、地上では、人間が幸せになろうと思っても身勝手な幸せを望むことが多く、おのれの我が邪魔して幸せをつかめないのです。 また、自分はどうせ不幸せと思い込んであきらめてしまう人もけっこういるんです。 それは、いくら守護霊がいい方へ導こうとしても、魂が曇っているためにその想いをキャッチできない。いくら一生懸命になっても、本人がわれ関せずと曇りを取りのぞくことをしません。 そのため、曇りを放置させ、難儀することを体験させさせることも永遠の魂からすると大切な魂の修行となっているのですから。ここまでくると、守護霊もお手上げ状況ということです。 やっと気づいて、本来の方向にいこうとしても、いったんマイナスになってしまったら、がんばっても、もがいても、なかなかプラスに転換できません。 ブータンが、いくらがんばっても、そうゆう一部の人にはその努力がなかなか通じない、分かってもらえないのです。そういうことが続いていたときに、ブータン達のなかに、身体に変異するものがあらわれました。 今までのマイナスをゼロに導く力が身にそなわった強力なブータンなのです。 やさしいブータンのすがたと違って、厳しい表情、こわいいでたちです。 そのため、地獄に仏なら待ってましたとすがるのでしょうが。九死に一生でも、とにかく難を逃れられ結果よしです。しかし、窮地に悪魔なら、遭ったのが最期で、本能的に逃げたり隠れたりして近づくなどするわけがありません。 余談になりますが、悪魔や鬼にはいくら隠れても波長や臭いでわかってしまいます。いいかおりなので、ごちそうか、はたまた、いとおしくすり寄るのです。波調を変えない限り、この縁は切れません。 悪魔の類が近づくと、幸せなど遠ざかるにきまっています。遠ざかるには、それなりのりくつがあるのです。 ブータンもみためが怖いため、悪魔や鬼の類と間違われてしまうのです。 それに、からだの周りの後光をわざとまぶしいといけないと思い、ほのかに照らしていましたので、なおさらいけなかったのです。 試練のときでした。 あるとき、ブータンが花の耳飾りをしているレイちゃんに四葉のクローバーの贈り物をしました。 レイちゃんはとてもうれしかったので、その四葉のクローバーをいわえていたリボンに耳飾を替えるのです。 レイちゃんは、ブータンがジャグーに変わったときに人間にうけいられるようにと鈴をプレゼントしました。 この音色がとても澄みきっていてあたたかいので、人間にこわがられないようになっていきました。 マイナスの方向にいってしまったならそれをゼロの基点の方に切替えるきっかけを持つこと、そして基点に案内することが「ジャグー」の役目なのです。 プラスに転換している人は、ブータンが...。 -とめ- 著者コメント: ここまで、私なりに、いっきにやっと来た感じがします。 動物や植物にも死んでからもどるところ(霊界)があることを書きたかったのです。そして、人と同じように、個々のものが魂の修行をしていることも。輪廻転生があります。 ここでは、 動物や植物の霊界のことをブータン王国としました。 動物だって、地上では、いいことばかりではありません。苦しいこと、かなしいことの方が多いと思います。 それだから、 動物の守護霊として、ブータンを登場させました。 ブータンも魂の修行をして、人の幸せをもたらすことも含めて書きたかったのです。 できたなら、 ブータン王国と地上での動物の種族と部族についても今後は書いてみたいと思っています。 たとえば、 鳥を考えた場合(大きな種族のひとつ)、どうしてあんなに多くの鳥の種類(種族)があるのでしょうか。ペリカンもいれば、ペンギンもフラミンゴもいるわけです。そして、同じ種族の波長の合うものが村をつくり部族となしました。 ペンギンだって多くの種類がいます。 小さい種類、大きい種類、それに寒いところばかりでなく、あったかいところに生きているものまでいるわけです。 それに、 ブータンが「地獄というところ」ということを認識していましたので、動物の世界にも地獄が存在していることも触れたいと思います。 また、 肉体と魂の創造や関係にも触れたいです。 もちろん、 神様がお創りになったものなのですが、もう少し詳しく触れたいと思っています。 神様は間違いなく居られるのですけれど。 ブータン王国物語そのものは想像としてのお話しですから表現が難しいですね。 しかし、 アメーバーが魚になって、両生類から爬虫類へ、そして哺乳類のなかから猿、人間という理論は間違っています。人間は、人間としてお創りになったのですから。 今後に期待してくださいませ。 再 見 !!! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ブログの管理人] カテゴリの最新記事
|
|