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昨日父のことを書いた。
そのことを反芻していたら、以前に読んだ本のことを思い出しました。 「さらばおやじどの」(上野瞭、理論社) 読んだのは、息子が高校生か大学生の頃だから二十年以上前になります。 内容はよく覚えていないが、記憶に残る本でした。 父と子が理解し合う助けになり、同時に親離れ子離れにも役立つような気がしたのです。 それで思春期の息子にも読むように勧めたら、素直に読んでいました。 読後感はあえて聞きませんでした。それがボク流です。 何かの拍子に相手の思いがけない一面を知って驚くことがある そのことは善きにつけ悪しきにつけ相手への理解を深めることになる ○○はこんなことをしていたのか ○○はこんなことを考えていたのか この本はそんなことを教えてくれたのではなかったかなあ・・・ 本棚を探したら現物が出てきたので再読してみよう。 (蛇足) 親子や夫婦といった長い付き合いの仲でも、 相手のことをすべて知っているなんてことはありえないし 父と息子、男同士だというだけで分かり合えるなんてこともないと思います。 ただ「親の背中」でなく、「親父の背中を見て・・・」というのは、何か意味がありそうですね。 「理解しあうということ」は、「相手の何もかもを知ること」ではなく、「大きな誤解をしていない」という程度のことだと思うのです。 そのように理解していれば、「○○のことがわからない」なんて悩むこともなく気楽に過ごせます。 たぶん「そんな簡単なもんじゃないよ」という反論が聞こえてきそうです(笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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