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僕はビル・エバンスの奏でる調べに耳を傾けながら、理生をそっと見た。
すると、理生は僕の視線に気づき、照れたような顔をした。 「その人は何だか外国から来た人のように見えた。顔は日本人なのに、大学にいる男の人とは 雰囲気が違うような気がした・・・・。」 それからまた話すことをやめた理生に、僕は話を続けるように言った。 早く話せよな~、という気持ちだった。 「お金を返したいので、申し訳ないけれど明日またここに来てほしいって、その人が言ったの ね。自分は朝からここにいるから、君の都合のいい時に来てもらったらいいって、その人 言うんだよ。私、思わず笑っちゃったよ。」 変人か?と僕は言いそうになった。 「私、いいです、私が勝手にやったことなのだから、気にしないでくださいって、言って、 何だか慌ててそこを立ち去ったの。」 「それでどうしたんだ。行ったのか?」 「うん、あんまり真面目な顔だったから、行ったのよね。」 「いたか?」 「私、結構早く行ったのに、その人はそこにいた。」 理生は、その男性からお金を返してもらうと、これからどこかに行くんですか、と聞いた。 すると、外国に行こうと思っている、と言い、足早に去って行った。 「たったそれだけのことなの。」 「それがお前は忘れられないんだろ。」 「うん・・・・、その人の後姿を私、じっと見ていた。その後姿に誰も寄せ付けないものを 感じたの。どう言えばいいか・・・、上手く言えないんだけれど・・・・。そしてね、その時 本で読んだ詩を、突然思い出した。」 「詩?」 「うん、詩の題は忘れたんだけれど、こんな風に始まる詩なの。君はいつも一人だ。涙を見せ たことのない君の瞳には苦い光のようなものがあって僕は好きだ。」 そこまで言うと、理生は頬杖をつき、また黙った。 僕も黙ることにした。 ビル・エバンスのピアノが、流れ続けていた。 *文中の詩は、田村隆一さんの詩、「細い線」の中から引用させて もらいました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.05.02 13:27:27
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