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「理生がいつか言ってただろ、嬉しいことがあってはしゃいでいると、その後に必ず嫌なこと
があるって。その時、俺、言ったよな、生きていればいろいろなことがある。だから自分の 気持ちに素直に生きればいいと・・・・・。まあ、当たり前といえば当たり前のことだよ な。」 僕はそこまで言うと、大きく息をして、理生の隣の椅子に座った。 「俺がこの研究室に戻って来た時、理生が言った言葉、覚えているか? 軟弱者が戻ってきた って言ったよな。そんなんだ、俺は軟弱者だ・・・・。でもな、軟弱者でも考えることは できる。俺はこの数日、本当にじっくり考えたんだ。」 僕が一気にこう言うと、理生は顔を上げ、僕を見た。 深い色をした理生のいつもの目が、僕を見つめる。 「理生、この世の出来事は変わっていく。でも、もしかしたら変わらないものもあるかもしれ ない。」 理生は指輪を小箱からそっと出し、手のひらにのせた。 「理生は俺といて楽しかったか?俺は楽しかった。だから・・・・、だから、これからも ずっと理生といたい。」 理生は黙ったまま、僕を見つめ続ける。 「だから、この指輪は、俺からのプロポーズ、ということだ。もちろん、今すぐ返事 してくれなんて思ってはいない。ゆっくり考えてほしい。」 僕はまた大きく息をする。 「俺はずっと待っている。理生がこの研究室で俺を待っていてくれたように、今度は俺が理生 を待つから。」 理生は、手の平の上に置いていた指輪を、小箱の中にしまい、その小箱を両手でそっと包み 込むようにした。 僕はアメリカでの住所を書いた紙を渡し、 「来たくなったらいつでも連絡して。待っている。」 と言った。そして、言い残したことはないか考えたが、言おうと思ったことは全て言い終え た、と思い、ほっとため息をついた。 「じゃあ、行くよ。理生、元気で。」 そう言い立ち去ろうとする僕に、尚人、と理生が言った。 「雪乃さんがもしここにいたら、私のこと好きになってくれると思う?」 突然の質問に僕は一瞬考えたが、 「ああ、彼女はお前さんのつっけんどんに聞こえる喋り方に初めはびっくりするかもしれない けれど、でも、すぐにお前さんのこと好きになると思うよ。」 と言った。 すると理生は、うん、と小さくうなづき、明日は見送りには行かない、気をつけてね、と 小声で言い、少し笑った。その笑顔は、白い小さな花がそっと咲いたように僕には見えた。 僕は、ああ、と言うと、研究室を出た。 夜空は多くの星で輝いていた。 さあ、出発だ、と僕は自分に言い聞かせた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.05.11 07:35:47
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