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濁点の物欲 tectecmayさん
痛勤怪談 電車の中… syanteiさん
2018.10.20
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カテゴリ:寺社
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 先日(7日)、呑川沿いを歩いた時の写真です。​​


 呑川沿いを歩いて池上本門寺の門前にたどり着いた私……見ると総門までのこの道の両側には寺が軒を並べていました。ちなみに、めっきり涼しい? 寒くなりましたが、皆さんまだ半袖姿でした。寒いのは嫌だな~​​


​ 総門に向かってすぐ左手にあったので撮りましたが、表札がないんです。いかにもお寺らしい門構えなのですが……のぞいて見たのですが普通家屋のようだったし、一般家庭だったらまずいので踏み込みませんでした。
 YAHOOの地図では「中道院」となっています。日蓮上人の直弟子日頂聖人が開いた庵室を起源として、池上本門寺10世・中道院日陽上人が隠棲(いんせい)した場所のようです。​

​​

​ 本門寺総門寄りの「本成院」……手前が「観音堂」奥が「山門」です。とてもコンパクトなお寺です。​


 観音堂に手を合わせてきました。残念ながらお線香が見当たりませんでした。火災も怖いので、置かないのかもしれませんね。せっかく小銭もっていたのに…


 池上七福神は今度調べて回ってみますが、とりあえずここの福禄寿さんにはご挨拶してきました。


 山号は喜昇山で日蓮宗の寺院です。この後に気付くのですが、本門寺のそばだから日蓮宗の寺ばかりで当然でしょう。気付くのが遅い間抜けな私です。


 本堂のガラスに映った山門の景色が綺麗だったので撮っちゃいました。弘安5年(1282)日蓮聖人の直弟子日向上人の庵室として池上の北谷の池「とどめき」という所に開創したが、その後東谷にあった本成院が廃寺となったためにこれと合併、再興された。慶長年間(1596~1615)本門寺13世・日尊上人の隠棲地として整備されたが火災で焼失。享保年間(1716~1736)に現在地に移り再建され、本成坊と称するようになった……と書かれていました。
 隠棲=「俗世間をのがれて静かに暮らすこと」だそうですが、中道院といい、本門寺の目の前では俗世間に近すぎないかしら?


​ 本妙院山門……​もしや? と思ったら……本門寺2世・日朗聖人の直弟子日傅(にちでん)聖人が庵室として池上の西谷に開創。本妙院日逗聖人の代に南谷外溝に移築再興されたそうです。北谷、東谷、西谷……東西南北に開創したようです。
​​​​​​

 庵室(あんしつ)=「(小さくて粗末な)僧や世捨て人のすまい。いおり。」と辞書にありましたが、ちっとも粗末ではありませんでした。


 ​鬼子母尊神祈祷所……のようです。​


「安産祈願」のノボリが立っていました。私には無縁なので失礼しました。


 ​常仙院……天文18年(1549)本門寺9世・日純聖人の退隠後の庵室として開創……やっぱりね~ ちなみに、もとは玉蔵坊と称したそうです。​
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『蒲田御園村の豪士 月村宗観の葬送の際に落雷と共に妖怪が出現して死者の右腕を持ち去ったが、日純聖人の祈念によりその腕が戻った。日純聖人はこの怪異が自分の不徳の致すところとして本門寺を退き当地に隠棲したという。以来、雪除けの護符を乞う者が多く門前市をなしたと伝えられる。』……と説明されていました。
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『眉は近けれども 見えず 自らの禍を知らず』(曾谷入道殿許御書)​
 信心深くないのですが、こういうの好きな私です。眉は近くにあるのに見ることはできない。それと同じように自分の善悪を見ることは、人間なかなかできないということでしょう。自分の顔を鏡に映し、心に宿す自身の善悪を見極めて歩みなさい……という聖語でしょう。
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 ​照栄院山門……山号は朗慶山だそうです。​ちなみに本門寺総門前ではなく、呑川沿い、蒲田方向にちょっと進んだ所にあります。
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 山門前の立派な石碑にあるように、日朗聖人の庵室として創建されたそうです。日鏡聖人が中興したともありましたが、いずこも立派な庵室でした。


 この照栄院と、大坊本行寺、理境院が「池上三院家」と呼ばれるそうです。大坊本行寺は前に寄った​ので、理境院は何かの折に拝見してみます。


 本堂……こちらだけでなく、その他の寺院でも人は見かけませんでした。みなさん、本門寺にだけ行かれるのでしょう。
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 龍も見事でした……こんな所を見て喜んでいるのは私ぐらいでしょう。


 鳳凰でしょうか? 鶏(ニワトリ)ではありません。
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 瓦も立派……強風で飛ばされたら修復・改修に大金かかりそう……青空に映えて美しかったです。


 なんの石碑か分からずに撮っておきました。読めない私です。


 ​久遠林(くおんりん)……永代供養の墓だそうです。
 事務所は照栄院にありました。​夜はライトアップされるようです。



 個人会員制のお墓だそうです。
 亡くなると法号を墓銘碑に彫刻し、遺骨はこの久遠林に納められますが、50年忌を営んだあとは墳丘内の玄室(げんしつ)で土に帰すしくみのようです。墓銘碑も同時に玄室内の霊簿に写すそうです。このようなしくみは初めて知りました。
 ※玄室=「古墳の内部にあって、棺を納める室」



 この坂を上って行くと、妙見大菩薩が奉安される妙見堂があるそうです。慶応2年(1866)の再建で、小さなお堂のようですが、銅板屋根と欅(けやき)柱のバランスがとても良いとのことです。​​
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 さすがにしんどそうだし、上るかどうするか? 迷ったのですが、運の良いことにここでデジカメのバッテリーが切れてしまいました。写真撮れないんだったら止~めた、と言い訳を作って退却した私でありました。

 以前、​浄土宗のお寺がかたまっている品川区の一角に行きましたが、こちらも負けず劣らずたくさんのお寺が肩を寄せ合っていました。まだまだあるようなので機会があったらお寄りしてみましょう。

 さてさて、今日も散歩日和です。どこかに出かけましょうか……
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Last updated  2021.01.19 14:34:26
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