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koike1970

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2012.03.15
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カテゴリ:雑記
 1週間ほど前にパナソニック汐留ミュージアムで「今和次郎採集講義展 - 時代のスケッチ。人のコレクション。-」を観覧した。
 今和次郎については多少知っているつもりであった。しかし多くの直筆資料を目の前にすると新しい発見がたくさんあった。

 会期中にもう一度当該展覧会を見に行こうと考えながら今の著書『日本の民家』を読み始めている。
 興味深い部分がある。以下に引用する。

 ところによっては水害を蒙る土地がある。そんな土地の家々では、特に土を盛って主家を建て、土蔵は腰を高くして屋敷神の小祠と並べて建てる。讃岐の平野を歩いていたとき私は妙な恰好の家を見た。それはすこぶる振っていて、六尺位の高さに壇を築き、その上に住宅を建て、入口の個所には石段を十段も作っていた。「あの家はどんな家です?」と案内の人にきいたら、「あそこの主人は変った考えの人で、いつ水害が来ても平気でいられるように、出水のときの水の深さだけ壇を築いてその上に家を建てたのです。ところが結果はこうなんです。毎日々々家にものを出し入れする際にあの石段を登らなければならないという始末で、せっかく考えた事も、今では厄介ものとなって近所のもの笑いとなっているのです」と説明してくれた。水害は四、五年ないし七、八年に一回来るのであるが、そのときに損耗があっても、日々の年中の生活に便利な方が結局どれだけいいかということを説明している面白い例だと思った。
 (今和次郎『日本の民家』岩波文庫 1989年 p.39)


 東日本大震災から1年が経過している。しかし巨大な地震と津波の恐怖はまだまだ鮮明な記憶だ。
 震災の直後から次のような言葉を頻繁に耳にしている。防災あるいは減災。災害に強いまちづくり。
 現在の私たちは『日本の民家』にあるような意識だろうか?上掲の“水害”を“地震”に置き換えてみて全く同じ気持になれるだろうか?

 今が『日本の民家』を記したのは関東大震災以前らしい。
 災害に対する意識は災害を体験することにより変化しているのではないか。また変化してもその時点のものでしかないのではないか。

 私たちは東日本大震災を体験し災害に対する意識を高め教訓を残そうとしている。ただしそれは現在のものに過ぎないのかもしれない。
 将来の災害に活かせるのだろうか。





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Last updated  2012.03.16 11:44:08


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