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March 2, 2006
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カテゴリ:ちょっと創作
 風のように駆けていった少女の後を、彼は必死に追った。少女は草原の中にいた。事前に調べた時には、そんなものはなかったはずなのに。そう思いながらも彼はどこかで納得していた。
 草原は喧騒で包まれていた。様々な生き物達の声が渦巻く。
「おいで、うさぎ! 鳥も、獣たちも!」
少女は叫ぶと森に向かって両手を伸べた。
「おいで! 嵐が行くまで、守るから! こっちへ!」
動物たちの喧騒の中へ少女の声が吸い込まれていくと、一瞬全ての声が止んだ。やがて小さな兎が駆け寄り、少女の腕の中へ飛び込む。それを合図にするように様々な生き物が押し寄せてきた。鳥も獣も、虫たちも。肉食の獣も、毒を持つ蛇までもが十重二十重に取り囲んでいることに気付き、彼は生唾を飲み込んだ。しかし少女の顔には彼らに対する警戒の色は見られず、生き物達もまた、おびえることも傷つけ合うこともなく、ただ寄り集まっている。
「…大丈夫。怖がらなくていいわ。ここは大丈夫だから。」
生き物達に、そして彼に、少女は静かに囁いた。
 遠くから嵐のように機械の音が近付いてきた。動物たちがおびえたように身じろぐ。少女は静かに口を開いた。不思議な旋律があふれ出す。小さなその声は心の中から機械の音を追い出し、風のように水のように通り抜けてゆく。胸に子兎を抱き、腕に鳥を宿らせ、羽虫の舞に囲まれて、少女は歌い続ける。
 その歌にかすかなざわめきが加わった。少女の歌を消すことなく、不思議にとけあう響き。応えるように鳥達がさえずる。少女の頬に伝う涙を見てようやく、彼はそのざわめきの正体に気付いた。
 視線をめぐらせると、工事現場ではたくさんの木が倒されていた。機械の音はここへは届かない。届くのは緑の葉が奏でる、波のような音楽だけ。木は歌っているのだった。倒されながら、少女へ、生き物達へ、風や大地、そして水への別れの歌を。切られる痛みではなく、倒される哀しみではなく、絶たれる不条理への怒りでもなく、ただ別れを。
 彼はゆっくりと手を上げ、顔を覆った。指の間から涙と呻き声が流れ出す。どうしようもなく体が震え、彼は草の上に両ひざをついた。それでも歌は変わることなく彼を包み続けた。

 いつの間にか歌は終わっていた。うずくまったままの彼の肩に白い手が触れた。彼はそれでも顔を上げようとはしなかった。
「…あなた達にも、住む場所は必要ね。」
面を伏せたままで、彼は目を見開いた。少女は静かに膝をつくと彼の背に頭をのせた。
「私はここには残らない。…ここにいるみんなが住める場所を見つけられるまで…護らなきゃ……」
それがどれほど長い旅になるのか、彼には見当もつかなかった。森は減る一方なのだから。どんな言葉も見つからなかった。
 やがて、全ての感覚に靄がかかり始めた。
「…どうすればいいんだ、僕たちは…」
身を伏せたまま、彼は呟いた。優しく肩をなでる白い手を感じながら。
「…覚えていて。あの子のことや、私たちのこと。森が待ってること。…覚えていて。」
 皆まで聞き終わらないうちに、全てが遠くなっていった。

 目を開けると青空が広がっていた。銀色の点が白い尾を引いて横切っていく。指をわずかに動かすと草に結んだ露が掌に転がった。遠くに鳥の声と人のざわめきを感じながら、彼はもう一度目を閉じて穏やかな眠りに身を任せた。

 夏も終わりのある日。新聞は一月近くも行方不明になっていたある技術者が、造成の現場で無事発見されたことを報じた。





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Last updated  March 5, 2006 10:39:57 PM
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