テーマ:政治について(19816)
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前回からの続きです。
第一章では、貧困層に肥満が増えていると言う話が紹介されています。アメリカではコストの安い食事と言うと、ハンバーガーやピザと言ったファストフード・ジャンクフードが主体で、栄養バランスはお世辞にも良いとは言えず、脂肪と塩分の塊みたいなものです。貧困層は節約のためにこうしたものを食べざるを得ない、だから肥満になる、と言うんですが、食生活・文化の貧しさについての話としては理解できても、新自由主義体制化で貧困層が虐げられていると言う主張に対して、この話は必要なのかと思います。 貧困層に配布されるフードスタンプ(食料品用金券)の話といい、このエピソードは貧困層にも飢えさせないための努力をしている政府と、それを実現可能な豊かな食料あふれる国、と言う印象しか受けませんでした。 続いて、やはり移民(こちらは不法移民)の少女が通う高校の話で、ここの生徒は25%が不法移民。そんな学校の助成金がカットされることになり、少女も卒業を待たずに軍に志願して兵役で働くしかない、と嘆いています。なんて酷い話だと憤るのは簡単ですが、そもそも「不法移民」と言うところに注目。当然ですが不法移民なので彼らは税金を払ってません。 そして、助成金とは要するに税金です。そう考えると、彼らの嘆きはわかるけど、全面的に支持するのもどうかと思われます。しかし、堤氏は彼ら不法移民を貧困層であり、かつグローバリズムの波に追われた被害者として、全面的に免責する見方をとっています。 アメリカの不法移民問題は、国にとっては社会保障費を押し上げ、予算を圧迫する頭の痛い存在である一方、農業や一部製造業の競争力が、安い賃金で働く彼らに依存していると言う面もあり、誰が被害者で誰が加害者か、一概には決められない複雑な問題です。正直言って、堤氏の見方は物事を単純化しすぎており、フェアな態度だとは私には思えません。 さて、兵役の話が出ましたが、貧困層と兵役と言う話も本書では取り上げられています。昔から貧困層が生活苦を抜け出すために軍に志願する、と言う話は知られていて、堤氏はこれをアメリカにおいて貧困層を強制的に拡大することにより、人々が軍に行かざるを得ないシステムが作られている、と主張。「裏口徴兵制度」と呼んで批判しています。 この貧困層に対する「事実上の徴兵制度」と言う主張に対しては、有力な反証があります。アメリカのシンクタンク、ヘリテージ財団が行っている調査で、米軍将兵の出身階級・人種に関するものです。 Stupid Soldiers: Central to the Left's Worldview http://www.heritage.org/Research/NationalSecurity/wm1244.cfm この調査を要約すると、次のような結果になります。 ・米軍将兵の学力レベルはおおむね大卒程度。高校卒業時の成績も、民間と比較して17%高い。 ・米軍将兵の収入別出身階級は、貧困層2に対して非貧困層3の割合。 ・米軍将兵の46%程度が、富裕層(収入上位40%の階級)の出身。 実は、ヘリテージ財団の調査結果は、本書内でも引用されていて、2003~5年のものが表として掲載されています。
(本書P.133:ヘリテージ財団調査) ところが、これを見る限りでは、顕著に低学歴・低所得層が米軍内で増大していると言う結果を見出すことができません。あまりにも参考にならない資料を使っている事に、私は頭を抱えたくなりました。本気で堤氏の意図がわかりません。 さらに、本書には「リクルートされた新兵の3分の1は高校を出たばかりの若者」と言う記述があります。 「国防総省の記録によると、イラク戦争が開始された二〇〇三年に米軍がリクルートした新兵の数は二一万二〇〇〇人、そのうち三分の一は高校を卒業したばかりの若者たちだ」(P.112) ところが、その高校卒業した若者たちのうち、どれくらいの割合が貧困層なのかと言う記述がありません。これでは「3分の1は貧困層」と言う印象を植え付けるための印象操作ではないのかと疑いたくもなります。 また、「裏口徴兵」で狙われる中に、カード破産したかする寸前の学生がいると言う記述も気になります。これも国や大資本が軍に引っ張るために、学生たちをカード破産に追い込んでるかのような言い方ですが、カード破産は基本的に自己責任じゃないかと思うのですが。 とまぁ、批判ばかり書いてきましたが、頷ける主張もあります。特にアメリカの医療保険の貧弱っぷりは酷い話の連続。アメリカで怪我や病気にはなりたくないものです。医療、保険、災害救助など、国が直接関わるべき国民の安全を守る部分を民営化してはいけない、と言う主張には特に異論はありません。 ともあれ、本書はルポルタージュとしては力の入った出来ではありますが、上記のように基礎的なデータの誤り・疑問も多く、この一冊でアメリカや新自由主義経済の是非を問う事はできないと思います。内容を鵜呑みにするのは危険でしょう。ラスト近くでも、日本でも新自由主義経済が導入された結果として、非正規雇用やワーキングプアが増えたと主張していますが、その前にバブル崩壊があった事を、堤氏は忘れてるんじゃないでしょうか。意図的なのか天然なのかはわかりませんが、こういう書き落としがあると、作品全体の信憑性が問われてしまうのではないかと思います。 さて、きっかけとなった日記の方ですが、作品以上に「?」な部分があったので、そこに触れておこうかなと思います。 こちらの日記では、本書に書かれたようなアメリカの状況が、日本の併合時代の対朝鮮半島政策にダブって見える……というか、これこそ貧困ビジネスのルーツなのだ、と言う主張をしていますが、これに関しては一言。 (byミルコ・クロコップ) まず、日本の朝鮮政策に関しての善悪は論じずに言いますが、日本は半島の経済力向上のために毎年多額の出資をして、朝鮮半島のインフラ整備に努めています。この政策が成功したことで、朝鮮半島の生活水準は大幅に向上し、人口もかなり増えています。「貧困大国アメリカ」の主張は「貧困層を拡大することで利益を得る勢力がある」ですので、朝鮮政策とは全く路線が異なり、同一視することはできません。何しろ、朝鮮経営は日本にとってはずっと赤字でしたので。 また、 >決して法的な強制ではない「創氏改名」をすることで、日本人と同等 >に扱おうという甘い言葉。しかし、それは、日本国民の義務である徴 >兵、徴用、供出、あるいは納税であったということ。 >(何という卑劣な政策であることか!) と言う主張がありますが、植民地への課税、植民地からの徴兵はこの当時普通に存在したことであり、例えば第二次世界大戦当時、イギリスはインド兵を大量に動員することで大戦を戦い抜いています。これを「卑劣な政策」と言うのは、後代の価値観で過去を裁くと言う、決してやってはいけない行為です。これを許すと、歴史的出来事を基にした紛争を助長することになりかねません。 さて、まとめですが……国の政策によって貧困層が増える、って事はありえると思います。ただし、それは政策の失敗した結果としてで、意図的に貧困層を増やす政策などと言うのは有り得ません。貧困層が増えれば国の税収は減り、反比例して社会保障費を増やさなくてはならず、国力の疲弊を招くからです。企業にとっても同様。購買力のない貧困層が増大すれば、最終的には顧客がいなくなって企業自体が滅亡します。 にもかかわらず、陰謀論じみた「貧困層増大搾取計画」を主張するのは、現実を見誤ってるとしか思えないのですが、どうでしょうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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