カテゴリ:本の話(日本の作家・さ行)
坂木司 『仔羊の巣』
仔羊の巣 僕、坂木司とひきこもりの友人、鳥井真一との間にも、変化の兆しはゆっくりと、だが確実に訪れていた。やがていつの日か、友が開かれた世界に向かって飛び立っていくのではないか、という予感が、僕の心を悩ませる。そんな僕の同僚、吉成から同期の佐久間恭子の様子が最近おかしい、と相談されたり、週に一回、木工教室の講師をするようになったという木村さんからの誘いで、浅草に通うことになった僕たちが、地下鉄の駅で駅員から相談を受けたり、と名探偵・鳥井真一の出番は絶えない。さらには、僕の身辺が俄に騒がしくなり、街で女の子から襲撃されることが相次ぐ。新しく仲間に加わった少年と父親との確執の裏にあるものとともに、鳥井が看破した真実とは…?『青空の卵』で衝撃のデビューを飾った坂木司の第二作品集。 【目次】 野生のチェシャ・キャット/銀河鉄道を待ちながら/カキの中のサンタクロース ひきこもり友人・鳥井が、彼と社会の橋渡し役となっている「僕」=坂木司のもとに舞い込む謎を名推理で解き明かす物語は、前作『青空の卵』から更なる進展を見せます。 『青空の卵』の5つのエピソードを通じて知り合った人々、そして彼らと過ごすことによってさらに知り合う人々。 それぞれの抱える悩みや秘密、謎を鳥井が推理していくことで、心の通じ合いが生まれ、関係も広がっていきます。 <卵>~<巣>~第三部は『動物園の鳥』・<鳥> タイトル中のシンボルは育っていくようですが、鳥井の「ひきこもり」は果たして… 文庫版の解説は、有栖川有栖氏が書かれていました。 緻密で真摯な文章(作者あとがきにもある、まさにその通りの)で、文庫で手にして良かった!と得した気分。 ところがその文中に、単行本の解説は、はやみねかおる氏であるという。これも捨てがたいものが… と、それを言いたいのではありませんで。 有栖川氏の文中に、 「はやみねかおる氏は、前作『青空の卵』を読んで鳥井の性格が「好きになれなかった」、 『仔羊の巣』を読んでも「やっぱり、好きになれない…」と書いている。(略)私も書いてしまう。「鳥井を好きになれない」」 この一文は衝撃でした。 主人公、あるいはその脇役は、本を読了したら好きになっていて当然なのだと思っていたからです。 単なる友情ではない、恋人でもない、依存関係と言い切るにも何かが違う鳥井と坂木の関係を、いとおしみ、独特の世界観を楽しむのが、このシリーズの醍醐味のひとつなのかとも思っていたのです。 安心して言います。 ここまで付き合ってきたけれど、私は鳥井をまだ好きになれてません。 そして坂木も。 坂木はほんとうに「いいひと」で、それは鳥井に対してだけではない。自分の周囲の誰ものことを、幸あれと願い、悪意にとらえることをしません。 透明感のある女性、というのはよく小説に出てくるけれど、いわば透明感のある青年なんです。 そこまではとても、いいのだけれど、 鳥井のことを思いやり、二人の世界を大事に思うさまが、どうしても独りよがりに思えてしまう。 鳥井にしたところで、つらい過去を背負っていてこうなったのはわかるけれど、殻に閉じこもって出られないのではない、出ようと一切考えていないじゃないの? それでもこのシリーズに手が伸びてしまうのは、謎をめぐる周囲の人々が皆、素敵だからです。 酸いも辛いも噛み分けた大人、木村さん。 かつてのクラスメイトで巡査の滝本と小宮君。 そして、巣田さん、安藤さん、塚田君、中川夫妻、本書で登場する吉成、佐久間さん、… それぞれが、悩みを抱え、それぞれのやり方で人間関係を求めています。 鳥井と坂木を見守る、あたたかさや辛抱強さを持っています。 (私とは違うんだわね…) そして何と言っても、鳥井の解く「謎」の数々。 殺人どころか、警察が介入するまでも無いような事件以前の小さな出来事。人間関係のもつれ。 当事者を問い詰めれば応えは出そうだけれど、それができない類のデリケートな問題。 なのにそれを解きほぐすのが、心根の深い優しい探偵ではなく、とげとげしい鳥井だということ。 この連作短編集は、将来の進路や職業選択のこともサブ・テーマになっています。 ひきこもり、とはいえ在宅でプログラムの仕事をし、自立している鳥井の一方、 普通に社会に出ている他の登場人物が、自分の職業や将来に立ち止まり、悩む、というところが心に残ります。 職業は、収入を得る手段というだけでない、自分自身の表現でもあるわけで、 なぜ、今の仕事を選んで、今こうしているのか? という問いは、私自身にも投げかけられ、返せないものでもあるのです。 この、鳥井を「好きになれない…」というのが著者による描写の<失敗>ではなく、「けれども目をそらせない」状態にしてしまうことこそ、本書の本書たる所以であるようです。 愛しにくい、応援すらすんなりとしがたい気持ちにさせるのが、ひきこもり問題の眼目であると。 そして、「見失った道のすぐそばを彷徨っている」彼らの、物語の続きは読まれるべきだと、有栖川氏は語っています。 巻末の解説に、こんなに助けてもらった小説も初めてです。 安心して、 このまま第3作の文庫化を待とうと思います。
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