我が家のあるマンションは、駅からしばらく歩いたあと、坂を上ったところにあるのですが、その坂の途中にちょっと古いアパートがあります。
6つくらいドアがある、木造2階建ての小さなアパート。
その、1階の道路側のお部屋。
う~ん、何というか、少し変わったおばさんのお家なんですね。
ある朝、坂を下りる私の視線の先に、そのおばさんが道路に出て叫んでいるのが見えました。
坂道は、2車線の両側に歩道がついた幅の道路。
そのアパート側の歩道に立って、向かい側に並ぶ家々に向かい、叫んでいるんです。
どう叫んでいるかというと、
「あ!
あ!
あ!」
と、やおら、坂の少し下で歩道の落ち葉掃きを(少しずつ後ろに下がっていきながら)しているおじいさんに向かって、猫なで声で
「たいへんね~。ごくろうさま~」
おじいさん、下がる速度アップ。
またある日は、我が家のマンションの前の道の、センターライン上を、平均台を渡るようにゆーっくり歩いていました。
手に、小さなコンビニの袋を下げて。
…ピンクのパジャマ姿で。
ガンは、小学生のころ、夕方N塾に向かう途中に
「おにいちゃん、お勉強?」
声をかけられたことがあるそうな。
「で、どうしたの?」
「怖かったから、聞こえないふりして速度上げた」
「そうしたら?」
「何回も
『お兄ちゃん、お勉強?
…お兄ちゃん、お勉強?
……お兄ちゃん、お勉強?…』
声が追いかけてきたんだ…」
ドアの外に置いてある洗濯機を回しながら、その音に合わせて歌(らしきもの)を歌っているのを見たこともあります。
ジャイアン・リサイタル風に。
さて。
今日、私はその坂の下で友人と待ち合わせをしていて、そこに向かったわけですが、坂を下り始めてすぐに異変に気がつきました。
アパートの前に、パトカーが止まっています!
赤いランプがクルクル回っています!
そして!
おばさんのいたお部屋のドアが開け放たれ、それを作業着の男性がなでています。
お部屋の中で、何かしている人も見えます。
そして、アパートの外。
歩道と、その向かい側の歩道に、黄色いベストを着たお巡りさんが立って、テープを張って幅を測っています。
その後、アパートの側の塀の高さなども測っています。
これって…これって、もしや!
おばさん、なにがあったの?
あまりジロジロ覗いてはいけませんね。
なんて思いながらも、アパートの側の歩道を、歩幅小さくソソソソソ…と下りてゆく。
目は作業する人々に釘付けです。
…もしかすると、鑑識作業を見ちゃうかもしれないわけでしょ。
いけない、いけない…
でも、でも…
ドキドキしながら歩を進めますと。
ドアをなでている人。
あら。作業着が、ふつうの作業着です。
手に持っているのも、指紋のポンポンするやつじゃなくて、雑巾。
足元には住居用洗剤とバケツが置いてあります。
次第にはっきり見えてきたお部屋の中の人、ドアの人と談笑しながらこちらもお掃除中。
あらら。
更に歩き続け、お巡りさんが相談しながら塀をタテに測りヨコに測りしているところに至りました。
お疲れ様です…と畏敬の念を持って静かに行き過ぎよう。
とも思いましたが、好奇心が勝る。
ここで黙って通り過ぎては、どういうことであったのか、報告ができないではありませんか。
家族にも。日記にも。
「あの…何か、あったのでしょうか?」
お尋ねしてしまいました私!
お巡りさん、
「ここでですね、12月24日クリスマスイブの日お昼ごろに、ライトバンと自転車の衝突事故があったんです。
目撃者を探しているのですが、この塀が見通しを遮っているようで…
お住まいはこのお近くですか?
何か、お聞きになっていませんか?」
あぁ…ごめんなさい…
何もお役に立てません…
お役に立てぬばかりか、情報を求めるその立て看板、
前を通って目にするたびに、
「なんだか<フライパンと自転車の…>って読めてしまうわ…
字体のどこがそうさせるのかしら…」
なんて思っておりました。
申し訳ありません。
本当に。お役に立てず。好奇心ばかりをかき立たせ。
申し訳ないし。恥ずかしいし。
おばさんはどこかにお引越ししちゃったのだし。