からだの感じに意識をむける
私の好きな心理療法にフォーカシング(Focusing)があります。カウンセリング(クライエント中心療法)の創始者であるカール・ロジャースは「カウンセリングの成功の鍵」を求めて、「成功したカウンセリング、失敗したカウンセリングの違い」を研究しました。膨大な実際のカウンセリングの録音記録を分析し研究する中で、クライエントが「深い話」をするのか、「表面的な話」をするのかという話の内容と成功・失敗の関係ないことがわかりました。では、何が「成功の鍵」なのか。共同研究者の哲学者でもあるユージン・ジェンドリンはクライエントの「話し方」に注目しました。カウンセリングで自己理解を深めていきやすいクライエントと、なかなかそれができないクライエントがいる。そして、成功したカウンセリングのクライエントには、言葉にしがたい内的な気づきや身体的な感覚があることを発見しました。これをフェルト・センスといいます。池見陽先生は、これを、やさしい言葉で「心の実感」という表現されています。カウンセリングが成功するためには、クライエントが、この「心の実感」に触れるような話し方をする必要があり、それを意識的に引き出すようなカウンセリング技法をフォーカシングと言います。 「心の実感」に触れると言っても気持ちと実感はどう違うのか?など良くわからないところがあります。そこで、ジェンドリンたちは、実感に触れる度合いを7段階の「体験過程スケール(EXPスケール)」を作ってまとめました。「雨が降る」ということを例にしながら、心の実感に触れる段階とは、どんなものか見てみましょう。1.自己関与が見られない外的現象 「今日の降水確率は70%です」2.自己関与がある外的現象。~と思う、~と考えるなどの感情を伴わない抽象的発言。 「今日の降水確率は70%です。雨がよく降るなぁと思いました」3.感情が表明されるが、外界への反応として語られ、状況に限定されている。 「雨ばかりだと嫌ですね」4.感情は豊かに表現され、主題は外界より本人の感じ方や内面。 「雨ばかりだと、頭が重い感じがする。鉛の塊が入っているような」 5.感情が表現された上で、自己吟味、問題提起、仮説提起などが見られる。探索的な話し方である。 「雨が降ると気が滅入るなぁ。頭が重いのは交通事故の後遺症かなぁ」6.気持ちの背後にある前概念的な体験から、新しい側面に気づきが展開される。生き生きとした、自信を持った話し方や笑いが見られる。 「医者は後遺症はないと言っていた。何でも事故のせいにするのはやめよう」7.気づきが応用され、人生の様々な局面で応用され、発展する。 「雨の日はゆっくり休めということかもしれないなぁ」この7段階のレヴェルというのを見てみると、日常的に4~5段階の感じ方をしていることがあると思います。しかし、一人でその実感を感じたりしているだけでは、なかなかそこから次の段階に進みません。重い感じのままです。しかし、その実感をちゃんと聴いて受けとめる人がいると、シフトと呼ばれる気づきの展開が起こります。「そうなんだ」という確信や自信に満ちて感覚、まるで失っていたものが、意外なところから出てきたときの嬉しいような恥ずかしいような笑い。こういう気づきを「無意識の意識化」と言うこともできるし、「頭の知識を超えた知恵」と言うこともできるでしょう。クライエントが、ここに辿り着いた時、私の中にも喜びと幸せの感覚が起こります。ここがカウンセリングの真髄かなと思っています。 フォーカシングには、ここにはまだ書いていない、からだに意識を向けていく技法があります。しかし、その技法・手順にこだわるあまり「フェルト・センスがよくわからない」とか「涙があふれ出てくるような体験ではなかったから、あまり感じられなかった」というような、よくわからなさ、物足りなさのようなものがあったりもします。でも私は最近、涙をたくさん流してカタルシス(浄化)を得ることも必要ですが、ほんの小さな気づきで、毎日がポジティブに、感謝のこころをもって生きていけることの方が重要なのかなと思っています。参考文献 「心のメッセージを聴く 実感が語る心理学」 池見 陽 自分の感じに気づくワーク~フォーカシング入門~ http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nobu-nisi/soudan/ksk_12kakiken.htm