現実を受け止められる時期と言うのは個人差があるから
今日は、私の日記を読んでいただけたらと思い、ここにコピーしました。勝手な憶測ですが、自分の経験がファンタジーの中で生きている人とファンタジーの中で生きる人に接している人に参考になるかもしれないと思ったからです。ファンタジーには色々な種類の物があり、その中には、人を巻き込み危害を与える種類の物もありますが、私の日記では、日常普通に起こりえるファンタジーについて書いてありますのでご了解くださいね。それから、こちらの日記を読まれる前にこの日記も読んでいただければ、もう少し事情がわかるかもしれません。*******寒い毎日が続いています。そんな中、お庭に植えた花が次々と咲いています。庭に植えた野菜も次々出来てきて、私に喜びを与えてくれます。ラッキーが亡くなって、ちょうど10日目。おかげさまでペットロス症候群にもかからず、元気に過ごしています。愛犬が死んでしまうと、その現実を受け入れられず半年から1年近く立ち直れない事もあると聞いていたので、少し自分の事を心配していたのですが、どうも私は現実をきちんと受け止める事が出来たようです。ラッキーからもらったレッスンをしっかりと学べたと言う感じがして、ラッキーに感謝しています。もちろん、ラッキーの事を思い出さないわけではないのだけれど、だんだんと楽しかった日々を思い出すようになりました。ご心配をかけた皆様、メールをくださった皆様本当にありがとうございました。母には未だ連絡していません。でも、もうすぐ母の日が来るし、いつまでも避けて通れないので、電話をしようかと考えています。でも、私からラッキーの話はしないつもりです。人はとても苦しかったり、悲しかったりすると時に現実を受け入れないで、ファンタジーの中で生きる傾向があるように思います。でも、ファンタジーの中で行き続けるのは不可能です。だからと言って、ファンタジーの中で生き続けたい人に時期を誤って真実を見せつけるのは酷な話です。遠くに離れ一人で住んでいる母は、毎日寂しい思いをしているでしょうから、真実を受け止める余裕が出来ていないうちにラッキーの死を知らせれば、傷つき心を痛め続ける可能性があります。実は、ラッキーが死んでから、私の心の悲しみを母に話したいと感じたことがありました。でも、私はその衝動が起こるたびに、自分が悲しいからと言って、誰かを巻き込むのは相手の事を思いやる気持ちがないからだと自分に言い聞かせて来ました。母の日、母に電話をして、もしも、母からラッキーの話が出れば、そろそろ心の準備が出来たということですから、私はあの日の事を話すでしょう。そしてその時は、母と一緒になって再び涙をこぼすことになるでしょう。もしも話が出なければ、意識して出さないのだと言う事が私には理解できるので、どんなに私が話したいと思っても、自分の心の衝動を押さえるつもりです。そして、私にはそれが必ずできると自分を信じています。