日本語のボキャブラビルディング
「ボキャブラリービルディング」というと普通、英単語の増強を意味する。日本語は毎日使っているので、日本語を強化する、増強しようとは普通考えない。専門科目で専門用語を学ぶということはある。しかし、これは日本語を強化するとは考えない。やむなく普通使わない専門用語を覚えざるを得ない。これは、その言葉を使わなければ、その学問が理解できないからだ。放送大学面接授業で「季節のことのは:秋~冬」という変わった授業を受講した。俳句の授業のようだが、「俳句の作り方」ではないようだ。講師は浦川聡子さん。授業案内の肩書は「俳人/編集者」と紹介されている。俳人はわかるが、「編集者」とは何だろう。面接授業は大抵、「〇〇大学講師」あるいは「教授、助教授」の肩書を持つ人が担当するが、編集者なら「出版学」「雑誌編集論」とかいう授業になるはずだ。俳人であり、かつ編集者というのは珍しい。そして大学の授業の講師を務めるとなると、まさにすごい人という印象である。その疑問は1時間目の授業の浦川さんの自己紹介で解消された。浦川さんはNHK出版で発行されている番組講座テキスト「NHK俳句」の編集者だった。浦川さんは本来は音楽家志望だった。「NHK俳句」とどのようにつながったかは不明だが、どなたか俳人の紹介だったのだろう。作られている俳句を見れば、その才能や人柄はわかる。編集の仕事は現場で作業しているうちに覚えていくものである。では、放送大学とのつながりはなにか。浦川さんの家にピアノが2台あり、お母さんのピアノが必要なくなったので、どこかに寄贈しようと考えた。浦川さんの師事していた音楽の先生が放送大学に来ていた。それで千葉の放送大学の本部へ会いに出かけた。そこでその先生は「あなた、今なにやってるの」と尋ねられたので「これこれです」と答えたところ、「じゃあ、あなた俳句を学生に教えなさい」と指示された。人生はどんなところで新しい展開があるかわからない。放送大学文京学習センターは丸ノ内線茗荷谷駅の近くにある。校門には「筑波大学」「放送大学」と二つの名称が並んでいる。大きなビルの地下1階から3階までが放送大学、4階から上が筑波大学。中庭を挟んで周囲に教室が並んでいる。教室はいくつあるかわからないほど巨大な学習センターである。初回の授業の教室は音楽室らしく遮音構造になっており、そこに浦川さんの寄贈したピアノが置いてあった。放送大学ではベートーベンの「第9」の特別授業で、ドイツ語、音楽史、合唱理論、ベートーベンの音楽等の授業が専門家によって行われており、最後に大会場で合唱の実践が行われる。この「第9」の練習で、浦川さんのピアノが使われているそうだ。この授業のテキストは、NHK出版の「もっと知りたい美しい季節のことば」。これは浦川さんが執筆したもので、「NHK俳句」に連載をまとめたものだ。歳時記の季語見出しの下に「言い換え用」として掲載されている言葉を傍題(ぼうだい)という。この傍題をクローズアップして、詳しく説明している。写真を多く使いビジュアルにして、見て楽しめるようになっている。浦川さんの授業は、これをさらに編集者らしい手法で詳しく解説する。「秋の虫」では「NHK俳句」に掲載された松岡達英氏の「自然観察ノオト」のカラーコピーを使う。リアルな虫のイラストは美しい絵本のようである。虫の名前と鳴き声が文字で記されている。これを見てても「ヘー」と感嘆するが、さらにNHKの自然番組担当者が録音してきた鳴き声の音声が流された。文字で表わされた鳴き声と実際のものとは微妙に違うことがわかる。カンタンは「ローローロー」、エンマコオロギは「コロコロリーンリーン」、クサヒバリは「フィリリリ」。ネット検索ができる人は鳴き声をパソコンで聞いてみよう。それを言葉でどう表現できるだろうか。外国語を勉強してる方は、その言語でどう表現してるか調べてみるとおもしろい。その文献は? 図書館の司書さんに聞いてしまうのはアウトです。次は「菊」。各地の神社や公園で菊花展が行われているが、普通は「すごいな」「きれいだな」くらいの印象で終わってしまうが、浦川さんの授業を聞くと一変する。「菊」の別名は「千代見草」、「齢草(よわいぐさ)」、異称は「鞠花(まりばな)」、「黄金草」などがある。NHKの「趣味の園芸」というテキストから「菊の種類、仕立て方」のカラーコピーが配布された。仕立て方には「千輪咲き」、「懸崖つくり」、「三本仕立て盆養」、「ダルマづくり」の見本が写真で紹介されている。種類には、こんもりと重なり合っているのが「厚物」、花弁が管状のものを「管物(くだもの)」という名称がついている。本ブログでは写真の用意ができないので、ネット等で写真を確認してほしい。さらにすごいのが「紅葉」。プロジェクターでプロが撮った紅葉の写真の様々なものを鑑賞。山の紅葉、京都の寺の庭の紅葉、葉のクローズアップで緑、黄色、橙、赤とグラデーションが鮮やかなものを見てから、文一総合出版の「紅葉ハンドブック」、紅葉した葉の一覧という資料を出された。公園や庭で拾ってきた枯れ葉は何の木かが判定できる。アカシアの葉は黄色で小さい、ソメイヨシノは暗紅色、アオギリは黄色で大きな五つ葉、図鑑の絵と実際の葉を比べてみる。お子さんがいる人はゲーム感覚で楽しめる。図鑑、写真、音声、雑誌の記事等を駆使して、あるテーマを詳細に調べると、それぞれに「ことば」が付いているのがわかる。そこに思いもかけない世界が広がる。俳句を作る人が重用する「歳時記」、これは季節の「ことば」が項目別に集められている辞典だ。「歳時記」には様々なものがあり、書店でどれを選んでいいか迷うほどだ。浦野さんの俳人としての歳時記選択も公開された。基本となるのは角川文庫の歳時記。これは全5冊。春、夏、秋、冬、正月に分冊されている。これがまとまった「合本歳時記」があり、これが便利だそうだ。現在、4版が出されており、版面が2段組みになっている。3版が1段組みで、これは評判がよくなかった。(最近、大活字本が出ており、中高年には、こちらがお勧め:ブログ執筆者の愚見)。手にもって外出する時の便利なものに「季寄せ」という歳時記がある。これは季語が一覧で参照できる。説明は非常に簡略で、例句も少ない。サーと見て季語を選ぶときに便利である。これもいろいろ種類があり、版面の違いで、自分の好みを選ばなければならない。講談社学術文庫に「基本季語500選」山本健吉著は季語の数は限られているが、季語の説明が非常に詳しいという特徴がある。1000ページに500の季語なので一季語に2ページ割り振られている。まさに百科事典のようである。以上の歳時記は写真がないという問題がある。「花の歳時記」というようなテーマ別の歳時記に写真が付いているものもある。俳句を作ることで、「ことば」を自分のものにすることができる。そして「俳句は人とのコミュニケーションツール」という浦川さんの信条に同感した。「ことば」を発見するために浦川さんは編集的手法がとられているのがよくわかる授業であった。浦川さんの授業は春は千葉学習センター、秋には文京学習センターで行われている。渋谷で隔月で句会も開かれている。