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青葉台建設委員長・現在進行形

2017年06月23日
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カテゴリ:小学校

小林麻央様
素晴らしい人生を全うした人として、こころから崇敬します。
あなたのブログで、どれだけの人が勇気づけられていたことか。
歳をとったせいではありません。悲しくて嗚咽が止まらない。
あなたは、家族や人々のために最期まで諦めず、未来を捨てなかった。
最期まで、麻央さんは母であり、妻であり、最高の女性でした。
天国で、どうか夫と、お二人のお子さんを見守っていてください。
ご冥福をお祈りします、なんて普通の言葉は、とても言えない。
あなたの、立ち向かう「諦めない姿」に感動していて体幹が震えます。
素晴らしい人生の足跡、ありがとうございました。麻央さん。

乳房よ永遠なれ、という映画をご存知でしょうか。
田中絹代監督、月岡夢路と葉山良二が主演した映画。歌人中城ふみ子を題材にした映画です(昭和30年)。川端康成は、中城ふみ子の歌集「乳房喪失」のなかの衝撃短歌を引用(眠れる美女)、渡辺淳一は中城ふみ子をモデルとして「冬の花火」を書きました。
以後、渡辺淳一は、5・7・5・7・7の短歌「ふみ子」世界に影響され、その延長線として「失楽園」が生まれたという人が居ますが、それは中城ふみ子の自己世界とは違います。

もし、川端康成や渡辺淳一が中城ふみ子に影響されたとしたら、それは、昭和初期の短歌世界に置いて禁句であった「赤裸々な身体描写」にあったのでしょう。それは、中城ふみ子が数度の「乳房摘出」を経て、若くして死亡する過程で書いた「こころおだやかで、阿修羅の歌」に、言うに言われぬ震えを感じたのだと思います。

中城ふみ子は、大正11年に生まれ、昭和29年8月に(数度の外科手術にかかわらず)31歳の若さで乳がんで亡くなりました。

私の母親(現94歳・元気)は、中城ふみ子が産まれた1年後の大正12年に産まれた人ですが、中城ふみ子(本名・野江富美子)は、私の母親の年上(1年)の従姉(従姉・野江敦子さんの妹)です。
つまり、今生きていれば私の27歳上の伯母みたいな存在の人。

野江富美子(中城ふみ子)の残した短歌世界は、実は私にも影響があったかもしれないと勝手に思っています。
この世と、あの世との実写・想定推測、葛藤、タブーの超越、創造と破壊、願望

麻央さん、あなたの闘病はすさまじくも真摯で清らかでした。
最期まで頑張りました。あなたは素晴らしい。

ゆっくりお休みください。


写真 帯広高等女学校時代の伯母世代(中城ふみ子)です


 







最終更新日  2017年06月23日 20時05分01秒
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学校法人塚原学園青葉台中等学部(中学校)建設委員長(予定)のタカハシと申します。
青葉台初等学部建設、そして開校に際しましては、みなさまに絶大なるご協力をいただきました。あらためて厚く感謝と御礼を申し上げます。
引き続きまして、中等学部の建設に向けて、新たなプロジェクトが発進いたします。
相変わりませず、ご協力とご指導をいただきますようお願い申し上げる次第です。

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