小説 「scene clipper」 Episode 40
前回までのあらすじ 青木氏は、およそ人前で見せたことのない涙を流し、歯をくしばっていても形容し難い声音が歯の隙間から漏れてしまうのか。誰も身動きすら出来ないでいる。瞬時迷ったが、リョウは話を続けることにした。小説 「scene clipper」 Episode 40 ところが、リョウの話はここで一旦途切れることになった。青木氏がリョウの話を受けたかたちで自らバトンタッチを買って出たのである。 「リョウさん、ありがとう。叔父さんから頂いた握り飯のあの・・・あの何とも言えず美味しかったあの味を思い出したよ・・・あの握り飯は私にとって世界一の、そして二度と味わうことが出来ない最高の味だった。それを私は一人で全部食べてしまったのだが・・・」 リョウは喉の渇きを覚え、目の前に置かれたグラスに手を伸ばした。オールドパーは氷が解けて薄くなっていて一気に飲み干せた。 青木氏が続ける 「あれから叔父さんが『わしの家について来い』と言うので私は言うとおりについて行った。行く宛てがなかったし、あの人からは、人に疑いを持たせない、そんな人間の大きさのような、オーラというのかな?・・・それが伝わってきて、この世のすべてが信じられなくなっていた私だったが、あの人は信じられたし、甘えることができた。 叔父さんの手作りだという家には、その時すでに職人さんが2人住み込みでいて、私は物置小屋の土の上に、藁で編んだむしろを敷いて寝泊りさせてもらったんだ。粗末だと思うだろうが、橋の下とは雲泥の差、天井はあるし、板壁もあってね。夏とは言え川を渡る風は、朝方になるとやはり涼しすぎて身に応えたものだった。それに比べれば物置小屋と言っても随分と心地よくてね、久しぶりに熟睡できたっけ・・・」 青木氏も喉の渇きを覚えたのだろう、テーブルに置いてあったグラスを持ち上げるとウーロン茶を飲み干した。 そして、両の膝頭に手を置いて遠くを見る眼差しとなった。時と場所をこえたそのまなざしは、まぶしいほどに澄み切っていて少年の頃にもどったかのようだ。同時にリョウは叔父からこの物語を聞いた日にもどり、そして今、この東京で青木氏の眼差しの中に時と場所をこえてやってきた!そんな錯覚にとらわれていた。その言い知れぬ感動は、青木氏の物語を聞き始めて、いつの間にか芽生えていた期待に似た想いを超えていて、子供の頃に親から褒美をもらった時の喜びを思い出し、リョウは心と身体にふるえを覚えた。 何時も応援、コメント頂きありがとうございます。随分と更新に手間取ってしまいました。上記のようなあらすじでごめん下さい。^^;どうぞよろしくお願い致します。