テーマ:マラソンに挑戦(5676)
カテゴリ:ウルトラマラソン以外の完走記
≪ 暗い道 ≫
「東京マラソン」は外れた。連続7回の抽選漏れ。どうも抽選のあるレースとは相性が悪いのか1度も当選したことがない。一昨年9月の「秋田内陸」以来レースから遠ざかっていた私が、復活をかけて選んだのが「いわきサンシャインマラソン」だった。東日本大震災の被害を受けながら、1度も開催を中止したことがない「サンシャイン」は、まるで不死鳥のように感じていた。 そのレースで、いわき市の復興ぶりと自分自身の復活ぶりを確認するのが楽しみだ。だが、幾ばくかの不安はあった。2度に亘る不整脈手術後、長い距離の練習がほとんど出来ていないのだ。そのため練習を兼ねて1月末に44kmのマラニックを走った。6時間41分もかかり、かなりの疲労を残す結果となった。やはり体は正直。そしてマラソンの厳しさを、改めて痛感した私だった。 その「寅さん詣で」の疲労がようやく取れかかった頃、今度は嫌な動悸を何度か感じた。軽い目まいがしたこともあった。だから無理してランニングはしなかった。それに何度か雪が降ったり、強風が吹いたりする日が続いた。これは神様が休めと言ってるのだろう。そう思うことにした。だからこの2週間で走ったのは3度。距離にしてわずか35kmのみだった。 「不整脈そのもので死ぬことはありません」。手術を受けた病院で、私は医師からそう聞いた。「もう普段通り、何をしても構いません」。主治医はそうも言った。それが私の心の拠り所だった。そして一定のペースで走るジョギングは、本来心臓に優しいスポーツとの信念もあった。問題はそれ以外にもあった。偏平足が長年のランニングで変形し、整形外科の医者に走ることを禁じられているのだ。 骨の変形による痛みは、これまでも何度か私を苦しめた。腱鞘炎や、足底筋膜炎だ。だが、整形外科医はランナーとしての経験はない。34年の経験から、遅まきながら足の筋肉を鍛え、医療用インソールを用いたら、ゆっくりとなら走れるのではないか。そのギリギリの想いも、現実は老化との戦い。体力、筋力、精神力。加齢は残酷にも、それらのものを次第に奪い取って行く。 4時ちょうどに目覚ましがなった。睡眠時間は6時間半。早速そのまま走れるよう、着替えを済ます。膝と足へのテーピングは前日のうちに済ませておいた。この朝も、軽い動悸を感じた。ナーバスになっているのか、それとも本当に不整脈が起きているのか。それは心電図を撮らないと分からないだろう。手首を握ると、脈は平常のようだ。 洗顔とトイレを済ませ、鍵をかけて家の外に出る。妻はまだ眠っている。夕食は先に食べて良いと伝えている。車の走ってない車道を小走りに走る。大丈夫足は動くし、前日13km走った疲れもない感じ。コンビニでお握り4個、カツサンド、お茶、スポーツドリンク、疲労回復用のドリンクなどを買う。そこからM仙人との待ち合わせ場所へ急ぐ。道が暗くて、ちょっとした段差が怖い。<続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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