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J.BOYの日記 ~ A PLACE IN THE SUN ~

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2020.08.28
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私の記憶が正しければ・・・

初めて北の大地へ降り立ったのは1995年!?

妻と結婚することを妻の母(父親は居りません)に報告するために少ない夏のボーナスを

全てはたいて二人で北海道へ行ったのが初めてでした。。

1997年に入籍し一年後  出産の為に妻を連れて2度目の北海道へ行ったのは1999年の2月。

全てが銀世界の雪深い北海道、初体験でした。。

やがて4月に息子は誕生し、妻子を迎えに行ったのが1999年5月のゴールデンウイーク花

まだ、肌寒さが残る遅い春の北の大地でした。。


生後ひと月の息子を飛行機で連れて帰る不安(私だけビビッて息子を抱いてました)。

そんな息子がもう21歳です。。  光陰矢の如し



不思議なもので、2007年には北海道の営業担当に!

約8年間。年に5回程度の北海道への営業出張は、その大きな大地や空、流れる雲の

自由さ! そして北海道の人たちの内地人を迎える大らかさに魅了され続けました。。


沢山の道を走りました。 一度の出張で1200kから1500kを走る必要がありました。

ただ、ただ、その道は長いものの一瞬たりとも視界に入る景色は瞬きごとに新しい!!


それが北の大地の印象です。。




会社員を辞め・・・・

退職の翌々日には北海道への飛行機に乗っていました。

妻の実家は、義母亡き後、二女(姐)の家が実家となりました。

遅くに結婚した義兄ともすぐに打ち解けることが出来、今回の帰省が3度目。


8月9日は、深夜2:00まで飲み明かしていました。。

義兄は若い頃はヤンチャな時代を送っていましたが、かなり腕の良い自動車修理のプロ!

自分の名前は出さなものの、有名雑誌で掲載されるほどのデコラティブな仕事をしているので

地元では有名人だそうです。。もう、何十年も。。


お互いに仕事の話になると義兄は会社を設立したんだ! と定款や申請書類を自慢げに

出してくれました!  奇しくも早々に法人化を決意した私の目の前にびっくり

義兄は私が作った工具やアッタッチメントをいつも絶賛してくれます。

余計に二人とも酒が進みますぺろり

義姉と妻はあきれていたでしょう(笑)

唯々。。 義兄弟の二人がひと月内で法人企業を発起する奇遇は驚き以外の何物でもありませんでした。





札幌で2日、仕事をした後。。

息子と函館に2人旅。

会社員時代に行けなかった五稜郭や函館山に行き、一生に一度は見ておきたい函館の夜景を見

海の見える坂道で息子の記念写真を撮り、息子が唯一リクエストした立待岬で津軽海峡を眺め

函館の活イカを食べるために入った居酒屋が最高に美味しく目がハート

その後に二人でラーメンを食べに行ったら、目当ての2軒がコロナで休業中・・・(笑)

楽しい男同士の旅でした。。



函館から帰った翌日は、私の念願でもある襟裳岬へ義兄夫婦と5人で出陣。

片道150k程度ですが、日高町・新冠町など元競馬ファンの私には最高の道のり目がハート目がハート

小さな街で5分もするとメンストリートを過ぎ去るのですが、この景色がその後

私に感慨深い景色になるとは思いもよりませんでした。。


その後の展開は、私が北の大地に行く理由がより明確になり出すことが起きました。。

が、

疲れたので、今日はここまで  (;^_^A


長文は少し疲れてしまう歳になりました泣き笑い


 To be countine





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Last updated  2020.08.28 22:02:22
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