「イン・ザ・プール」と「空中ブランコ」
奥田英朗の短編小説集です。「空中ブランコ」は直木賞を受賞しています。ご存じの方も多いでしょうが、奇抜な精神科医・伊良部一郎のもとへ、さまざまな悩みをかかえる患者がやってきておりなすやりとりを描いたものです。この業界を描いた小説はいくつもありますが、この2冊は専門家の眼から見てもおもしろい。伊良部は周囲の眼など全くおかまいなし。遠慮や気配りなどとは無縁の気さくで自由奔放な医師だが、そこを訪れる患者達は度肝を抜かれながらも、なぜか続けて通わずにおれなくなります。そして、気がつけば何となく問題も解決に向かっていく。面白い話として読んでもよいでしょうが、治療者と患者諸氏との間に何が起こっているのかを考えるとかなり深いものがあります。描かれている患者はとても愛すべき人達だけど、どこか神経質であったり、不器用であったりします。一方伊良部はそんな患者達に気さくに話しかけ、一見どっちが患者か分からないくらい幼稚な面を見せたりもするのですが、その言葉はときに患者をハッとさます。また、奇抜な行動はあっけにとられながらも、どこか核心をついたところがあります。そんなこんなやりとりをしているうちに、患者は知らず知らずのうちに伊良部のペースに引き込まれていきます。癒されるという言葉がこういう場合適切かどうか分かりませんが、あえて使うならば、徐々に癒されていくのです。もう一つ注目すべきところは、伊良部の自然さというか、淡泊さというか、あっさりさというか。精神療法は結構「まったり」していることも多いのですが、それとはかけ離れています。ここに登場する患者達にとっては、「まったり」よりも「あっさり」の方がかえって心地よいのでしょう。そんなことを「まったり」解説してもどうかと思うので、一度「あっさり」読んでみるのがよろしいかと。。。