キャノンとセリエの「ストレス状態」(ストレス学説)
「ストレス」という言葉は、今日では当たり前のように使われていますが、そもそもこの言葉を医学や生理学の領域で始めて使ったのは、「セリエのストレス学説」で有名なハンス・セリエ(1907-1982, ウィーン生れ)でした。しかし、その前に、ストレスに対する身体の反応を見出したのはウォルター・B・キャノン (1871-1945, 米)です。キャノンは、ほえる犬を前にして緊張状態にある猫の血中に、アドレナリンという交感神経系の神経伝達物質が多く存在することを発見しました。このようなときの身体の反応は「闘争-逃走反応」とか「緊急反応」とよばれます。原始的には、敵に遭遇したときに、「戦うか、逃げるか」という状況です。こういうときには心拍が上昇し、瞳孔が開き、消化管の動きは抑えられ、といった戦闘モードの身体の状態になります。これがストレス状態を初めて記述したものです。次に、先に出てきた、ハンス・セリエが、外部からの刺激(ストレス)が加わったときの身体の反応には、それがどのような刺激であっても共通した反応があるとして、これを「一般適応症候群」と呼びました。「ストレス状態」=「ストレッサーが加わったときの生体内部全体での反応の状態」をより正確に表したのがこの一般適応症候群です。セリエは、これには3つの時期があるとしました。1)警告反応期:最初の反応の時期2)抵抗期:適応が獲得され、抵抗力が上昇した時期3)疲憊(ひはい)期: 高度のストレス状態が長く続くと、ついには適応しきれなくなって、疲憊してしまう。このようなストレス反応は、「防衛」ともとれるし、「適応」ともとれます。防衛とは以前の状態への回復を目指すことを意味し、適応とは新しい状態に合わせていくことを意味します。セリエはストレス状態を「防衛」よりも「適応」とみなしたようです。今日の複雑な人間社会における、いわゆる「心理社会的ストレス」に対する反応は、これらの「闘争-逃走反応」や「一般適応症候群」よりもさらに複雑なものでしょう。これをそのまま当てはめるのは無理があるかもしれません。しかし、ストレスに対する研究のはじまりはこういうところからであった、ということは押さえておいて、必要に応じて原点に立ち返りつつ、より複雑なストレス反応について考えていくことが重要だと思います。