「子どもの目で世界を観てみませんか」(本当の世界が見えるかも知れませんよ)
私たちは「人間が決めたルールが支配している世界」と「自然が決めたルールが支配している世界」の二つの世界に生きています。一万円札は、「人間が決めたルールが支配している世界」では「高い価値を持つもの」です。でも、「自然が決めたルールが支配している世界」では「木のパルプが薄くのばされたもの」、もしくは「紙」に過ぎません。ですから、「自然が決めたルール」よりも「人間が決めたルール」の方を大切にしている大人達はその「紙」を大切にしますが、その「人間が決めたルール」を知らない幼い子ども達は、その紙にお絵かきをしたり、ハサミで切り刻んだりします。ヤギさんは食べてしまったりします。実際、先日動物たちが放し飼いになっているところに行ったとき「動物の前でお札を出さないで下さい」と言われました。お札にお絵かきをしたり、ハサミで切り刻んでしまう子がいると、大人達は「まだ無知だからそういうことをするんだ」と判断し、「だからちゃんと教えなければ」と考えます。でも、大人達が見ているのは「人間が勝手に決めたこと」「実際には存在しない約束事」であって、「人間の命が存在している世界のリアル」ではありません。王様が裸でも「素敵なお洋服ですね」と言うのが「大人のルール」なんです。ですから、「本当のこと」が見えているのは「大人」ではなく「子ども」の方なんです。だから「王様は裸だ」と言ったのは子どもなんです。そして、物語の中で大人達は、その子どもの言葉で目を覚ますのです。それを「子どもは無知だから」と言って子どもの口をふさいでしまったら、世界は滅亡に進んでしまうのです。戦争で「敵」を殺すのは「良いこと」です。「敵」ではない人を殺すのは「悪いこと」ですが、「敵」を殺すのは許されるのです。それが人間が決めたルールです。でも、子ども達に見えているのは「敵」ではなく「自分と同じ人間」です。国籍の違いや政治的駆け引きなど子どもには分かりません。そもそも、普段は「仲良くしなさい」「命を大切にしなさい」と言っている大人達が、お互いに殺し合っている「戦争」という状態が理解できません。「命が存在している世界」が見ている子どもには、「戦争なら人(敵)を殺してもいい」という大人の論理が理解できないのです。そういう子ども達を大人達はバカにしますが、「本当のこと」が見えているのはどっちなんでしょうか?「大人が見ている世界」は「本当の世界」なんでしょうか。戦争中、一人の女の子が「兵隊さんかわいそう」とつぶやいただけで非国民と罵られたそうです。出征する我が子に「生きて帰ってきて」と言っただけでも非国民と言われたそうです。人間が勝手に外国から連れてきた生き物が日本で繁殖してしまうと、「外来植物」「外来生物」として「駆除」の対象になります。外来だからといって目印があるわけではありません。図鑑やネットで調べなければその違いは分かりません。そもそも、ほとんどの生物は外来です。人間ですら外来です。世界中の様々な地域からやって来た移民の混合によって日本人が生まれたのですから。それなのに、普段は虫取りやお花を摘んでいる子ども達に「命を大切にしよう」とか「かわいそうだから止めなさい」と言っている大人達が、「外来生物」と判断されたものは大量に採って、大量に駆除(殺)しているのです。命に国籍などないのに。これも、子ども達には理解できない大人達の行動です。大人達は子どもたちに勉強を強要します。でもその「勉強」は競争に勝つためのものです。ですから、「競争」が理解できない子どもたちや、「競争」に価値を感じない子どもたちは勉強にも価値を感じません。そもそも、その「競争」の「目的」や「ゴール」が分かりません。与えられているのはコースだけです。子どもに勉強を強要している大人も、そのコースの行き先を知りません。そんな競争に喜んで参加する子どもなんかいないのです。でも、そんな子どもたちでも、自分の成長につながるような勉強なら喜んでやります。なぜなら、学ぶことで世界が広がり、意識や、思考や、感覚や、行動がより自由になるからです。そして、このような勉強では競争は意味を持ちません。点数で評価することも出来ません。