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カテゴリ:塾の日常風景
うちの塾には、森正希(モリマサキ)くん(仮名)という男の子がいた。
彼は小4から中3まで塾にいた。去年めでたく塾を卒業して、現在高校1年生である。 森正希君のニックネームは小4のときから「アンパンマン」だ。 ほんの少し楕円形の輪郭の丸顔がアンパンマンそっくりだし、何よりも頬っぺたが赤くてプニプニしている。 目が澄んでクリッとして、鼻も丸っこい。本物のアンパンマンよりはずっとハンサムだが、童顔で雰囲気がアニメっぽいところがアンパンマンだ。 高校生になったら、少しは大人っぽい顔に面変わりすると思ったのだが、背が伸びても顔はずっとアンパンマンのままだ。アンパンマンのまま大きくなった。 性格はB型の典型で自己中マイペースだが、その自己中なところが明るくて可愛げがあり、どこか「未来の大物オーラ」が漂っている。 脳味噌もアンコばかり詰まっているはずなのに、なぜだか理数系の権化で、数学、特に図形問題を解く切れ味は抜群だ。 最初のうちは彼もアンパンマンというニックネームを嫌がっていた。 小4のときは森君を当てるときに 「はい、アンパンマン答えて~」 と言ってやると 「ぼくアンパンマンじゃないよー ちがうよー にてないよー」 と、はしゃいでいた。 また、彼が中1で英語を習いたてのある日、私はこんな雑談をした。 「アメリカ人やイギリス人の名前はね、親しみを込めて、縮めて愛称呼んでいいんだよ。たとえばエリザベスはベス、アルフレッドはアル、コンスタンスはコニー、アルバートはバート、ロバートはボブ、ウィリアムはビル・・・」 するとある生徒から 「何でロバートはボブなん? ウィリアムはビルなん? ぜんぜん違うじゃん」 という文句がでた。 「ロバート(舌を巻き巻きして)ルゥオブァ~ト そして ボブ・・・いや、オレも正直ようわからん。とにかくね、外国行ったら日本人の名前も縮めて愛称でよばれるよ。たとえば中田英寿はヒデだろ。お前は森石俊哉だからトシ、石井広茂だったらヒロ。愛称は短くて呼びやすいねえ。」 そこへアンパンマンの森君が質問してきた。 「じゃあ、オレは外国でどう呼ばれるの? マサキだからマサ?」 「違うね。マサキだから、う~んと、アンパンマン!」 「何でオレだけ長くなるんだよー 先生ひどいよー」 と、いつもは頬っぺただけが紅いのに、この日は顔全体を真っ赤にして抗議してきた。 そのうち彼もアンパンマンと呼ばれることに快感を覚えたのか(んなわけないか)、雨がザーザーぶりで、びしょ濡れで塾に来た日なんかは 「せんせー、頭が水にぬれて、ちからが出ないー。勉強できないー。今日は帰るぅー」 と、図に乗って自虐ギャグを飛ばすようになった。 中2・中3にもなると、「アンパンマン」は森正希君の芸名みたいになってきた。 たとえば佐藤和宏がパンチ、大久保博元がデーブと呼ばれ始めた時は新鮮なニックネームだったが、今では完全に定着してしまっている。誰も今は「大久保ってデブだからデーブって言うんだよ。おもしろい~」と騒いだりしない。 それと同じように森君の場合も、彼が小4の時はじめてアンパンマンと呼ばれたときの新鮮さはなくなってきた。 緊迫した授業のときも、 私「(淡々と無表情で)アンパンマン、社会権3つ答えて」 アンパン「(淡々と無表情で)生存権・教育を受ける権利・労働基本権」 私「(淡々と無表情で)OK アンパン」 といった具合に、私も自然に彼をアンパンマンと言うし、彼も当然のように自分をアンパンマンと認識している。 誰もが明石家さんまに魚の「さんま」を連想しないように、森君の「アンパンマン」のニックネームも形骸化してしまったのだ。 さて、話は少しそれるが、彼が中3のとき、私はひとりで高知に旅行した。 高知はアンパンマンの作者、やなせたかしさんの出身地なので、あちこちにアンパンマンがいる。銀行の壁にもバスにもアンパンマンがいる。 高知県のある駅にも、巨大なアンパンマンの笑顔のパネルがあった。JR四国はアンパンマンのスタンプラリーをやっていて、ある駅はカレーパンマン、またある駅にがバイキンマンと、それぞれキャラクターがいて、子供たちがスタンプを集める仕組みだ。この駅のパネルは主役のアンパンマンだった。 そこへ2歳くらいの男の子とお母さんが通りがかった。 お母さんは巨大なアンパンマンのパネルを見て、男の子に 「あら、大きなアンパンマンよ、見てごらん」 と男の子をアンパンマンに近づけた。 男の子は立ったまま、1メートルくらいの距離からアンパンマンの顔を哲学者のようにじっと見ていた。 幼い子は目をそらさず遠慮なしに人の顔を見る癖があるが、その子もじっとアンパンマンの顔を凝視していた。 10秒くらいアンパンマンと男の子のにらみ合いが続いた。 そして長く感じた沈黙のあと、いきなり男の子は巨大アンパンマンに向かって指をさしながら、堰を切ったように笑顔で叫びはじめた。 「ぱん ぱん やん!」 「ぱぱんやん!」 「ぱんぱんやん!」 言葉を覚えたてで男の子は、「アンパンマン」と発音できないのだ。お母さんは 「『ぱんぱんやん』じゃないでしょ? アンパンマンでしょ」 でも男の子はアンパンマンを指差しながら 「ぱんぱんやん! ぱんぱんやん! ぱんぱんやん!」 と嬉しそうに叫び続けた。 アンパンマンの顔は、どうやら幼児を発情させるようにできているらしい。その男の子もアンパンマンの顔を見て興奮状態になっていた。 私はこの話を授業でした。森正希君のニックネームが、「アンパンマン」から「ぱんぱんやん」になったのは言うまでもない。 形骸化した「アンパンマン」のニックネームに、再び命の灯が灯った。 さて、私は彼に「医者になれ」と強く勧めている。 顔がアンパンマンの医者なら、子供に大人気だ。良い医者になれる。 アンパンマンは自分の顔を弱い人に分け与えている。自己犠牲の固まりだ。彼ならアンパンマンみたいな立派な生き方ができるだろう。 また彼が大学生になったら、私の塾で働いてもらうことになっている。 彼が講師になったら、堂々とチラシに、 「この塾はアンパンマンが先生やってるよー みんな来てねー」 と書くことができる。本当にいるんだから詐称ではない。小学校低学年コースが大繁盛するだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005/07/03 06:24:37 PM
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