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カテゴリ:.1次題
冬月琴音は自分の欠点を自覚していなかった。
だが、自分が好かれていないと言う事だけは知っていた。 彼女はおとぎ話に出て来る氷の城のように心を閉ざし、感情を凍らせた。 そうすることで自分がもっと分かりやすく嫌われるようにしたのだ。 造った理由ならば本体ではない。 それは冬に着こむコートのように、彼女の本体を隠し、そして周囲から受ける悪評から彼女の心を守ってくれた。 けれど、そんな悪評にも臆さず彼女に近付いてくる人間が居た。 夏草千紗美。 彼女はその名の通り夏のように明るく陽気で、冬月の氷のような対応にもただわっとおどけて顔を覆って泣くふりをするだけだった。直後何事もなかったかのように接してくるのだから冬月には彼女に勝てないと、出会って数日経ってから悟った。 彼女なら。 彼女なら、弱い冬月の本性も赦し、醜い冬月の本音も受け容れてくれるかもしれない。 そう思った冬月は、凍り付かせていた彼女本体を、初めて表に出した。 何が来るか分からない、不安の暴風に吹かれながらも彼女の心はものともしないくらいに熱く高鳴っていた。 「……つまんない」 「……え?」 夏草は背を向けて去って行ってしまった。 事態の理解できない冬月は暫く茫然としていたが、やがていつものように冬服と鉄面皮を羽織り、自分の殻に籠っていた。 持たない者は、ややもすれば、無力になりがちだ。 ゆえに外を恐れ、過剰に何かを身に纏う。 そんなことを繰り返している内に冬月の個性は既に外側の殻に育っていた。 冬月は以降、元々の本体を一層内側に閉じ込めるようになった。 内側に閉じ込めて押し込めて、外側の殻が内部にまで深く浸食して、それでも冬月は殻ばかりに水を与えた。 とうとう中の冬月は枯れて死んでしまったけれど、外側の冬月にとってそれは、邪魔者がやっといなくなった程度のものでしかなかった。 萎れて死んだ情けない中心と違って、殻はまだ人に見られても恥ずかしくないものだった。 冴え冴えとした冬の月のように、芯を通した凛々しさは、人を寄せ付けないながらも独特の魅力を備えていた。 一人ゆえに、彼女はもう一度一人でなくなった。 「お待たせ、夏草」 「冬月、今日も鉄面皮だね」 変顔で笑わせようとする夏草を冬月は鼻で笑う。 夏草はそれをひどく可笑しそうに笑い、怒ったふりをする。 夏草は、とうにこの体験をしていたのだろうと冬月は想った。 冬月の孤独は雪の結晶を育てた。 夏草の場合はきっと、人の輪という日輪で草が育った。 夏草もきっと、育ち切った自分の草の檻にでも殺されたのだろう。 内側の存在は、魚の稚魚の栄養袋と同じで、いずれは消え去るものだったのだ。 そう思って殻は少し笑った。 とても冷たい笑みだったが、夏草の笑みとどこか似た笑みでもあった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018.02.19 03:30:43
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