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なせばなる、かも。

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April 3, 2010
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カテゴリ:桜の夢物語

 次の日から、俺達のバンドの仕事は再開された。マスコミには、曲作りに専念するためにそれぞれ自宅に篭っていたことになっていたので、混乱はなかった。
俺は、入院中に書いた何曲かをメンバーに披露して、次のシングルの選曲に取り掛かった。レコーディングは順調に進み、何事もなかったかのように日々は過ぎていた。だけどそれは、バンドのメンバーとの信頼関係があってのことだ。
冴子の体調も順調で、ジンが心配するほどのことはない様だった。

 それから2週間ばかり経ったある日、俺はライブの練習をしているスタジオのロビーで、つけっぱなしになっているテレビにくぎ付けになった。画面に映っているのは昼下がりのワイドショーだった。
“あのCMのシンデレラ、シェリー・Bが妊娠?!!”画面には派手がましい見出しが書き出されていた。そうか、最近つわりがひどくて、吐き気に耐えていたから、それをマスコミの連中に目撃されたのか。
精神的にも不安定な時期だと聞いているだけに、俺は心配でならなかった。ジンに頼んで、春花の元に飛んで行こうかと考えている時、西村さんから電話がかかってきた。

「カイ、マスコミに気づかれた。もうスタジオの出口にやつらが張り込んでる。そこで社長と相談したんだが、君さえ良ければここで彼女との事を公に発表したらどうだろう。例の清涼飲料水のスポンサーはすっかり乗り気なんだが、君の所属事務所の社長は、プライバシーに関わるから君に任せると言ってくれたんだ」

 俺はわかったとだけ告げて電話を切ると、ジンと冴子に頼み込んで、マスコミが待ち構えているスタジオに向かった。
 スタジオの出入り口はマスコミでもみくちゃだったが、みんなシェリーを撮ろうと夢中で、俺が横を通ってもまったく気付く事もなかった。

「シェリー、大丈夫か。西村さんが俺達の事、発表したらどうかって言ってくれたんだ。どうする?」

 俺は、スタジオに入るなりシェリーを捕まえて尋ねた。春花は口元をきゅっと引き締め、ゆっくりと頷いた。スタジオの出口では、相当な人数が待ち構えているようだった。最初にドアを開けて出たのは西村さんだった。

 西村さんはレポーター達を上手に静めると、皆さんに発表する事がありますが、どうか、体調の不安定なシェリーに意地悪な質問だけは避けて欲しいと頼み込んだ。
レポーター達はシェリーが逃げないと解ると、みな一様に落ちついて待機していた。大きく深呼吸をして、シェリーが西村さんの合図でレポーター達の前に進み出た。一斉にフラッシュが焚かれた。

「みなさん。今日は私の為に集まってくださってありがとうございます」

 シェリーは、思いのほか落ちついていた。

「皆さんが噂されている通り、私のお腹の中には、赤ちゃんがいます」

 シェリーが穏やかな笑顔を見せたので、フラッシュがまたしてもにぎやかに焚かれた。

レポーターの中から、相手は誰かと質問が飛んだ。シェリーは、にっこりと微笑んで、皆さんのご想像通りです。っと言って、俺に合図を送ってきた。
 俺は、静かにドアを開け、ちょっと頭を下げてシェリーの横に歩み寄った。レポーターの間からやっぱりそうかっと言った頷きとも納得ともつかない返事が広がった。フラッシュが多く、目の前がくらくらした。俺は、春花の耳元に大丈夫かっと声をかけた。するとまたそれを撮ろうとフラッシュが焚かれる。大変な騒ぎだった。

「結婚はしないんですか?」

 そんな質問が飛んだ。春花はにこやかに微笑んで、これからゆっくりと相談して決めますっと答えた。西村さんが俺達の前に割って入って、もうこのぐらいで勘弁してやってくれと訴えた。そして俺達を用意していた車に乗せて猛スピードで連中をまいてしまった。

「これでどうどうと二人で街を歩けるね」

 車の中で春花は嬉しそうに言った。そうだなっと頷いて、春花のお腹をそっとさすってやった。
 翌日のスポーツ紙には、俺達の写真がでかでかと載っていた。嬉しいような、照れくさいような気持ちの反面、俺は発売日が迫っていたCDの事が気になっていた。
しかし冴子はしっかり考えていたようで、今度のシングルのジャケットに、生まれ来る次世代に捧ぐ一曲などと言う見出しをつけていた。遅かれ早かればれてしまうと思っていたらしい。もし、隠し通せるようなら、自分達の子供の事を発表するまでよっと、冴子は堂々と言い放った。まったく、冴子の商才には感服する。

 アイドルのような売り方をしていなかったのがよかったのか、俺達の妊娠騒動で、バンドの人気が下がったりファンクラブの会員数が減る事はなかった。世間の騒動も、他の芸能人の騒ぎが起こるとあっという間に忘れられる。俺達は、比較的生活しやすい状況になってきた。

 4月になって春花の体調を確かめた上で、俺たちは春花の故郷を訪ねる事にした。春花のお腹に 負担にならないように出来るだけ上まで車で登ると、後はゆっくりした速度で山を登った。
向こうに桜の群生が見えてくると、春花は俺を見つめてありがとうっとつぶやいた。そして、軽い足取りで桜の木の下まで行くと、満開の桜を見上げて、ただいまっと言った。

ざわざわっと花が風になびいて、穏やかな声が聞えてきた。

「春花、おめでとう。もうすぐ待望の子孫を残せるのですね。よくがんばりました。あなたは立派にその役目を果たせそうですね」

 ええっと嬉しそうに頷く春花に、満開の桜はまるで微笑んでいるかのように揺れ、子供が生まれたらもう1度ここにいらっしゃいっとささやいた。
 春花は上機嫌で、今度は湖に行こうと言った。俺は、春花の体を心配しながらも、湖のほとりまでやってきた。春花は嬉しそうに湖に向かって言った。

「お父さん。私、もうすぐ赤ちゃんが生まれるの」
「そうか、おめでとう。体を大事にするんだよ」

 湖から、あの奥行きのある声が聞えてきた。しかし俺には、湖が喜んでいるようには見えなかった。どことなく悲壮な色を称え、娘の妊娠を祝福しながらも、重い絶望に耐えているように思われたのだ。

 俺は、春花に桜の元に向かうように言うと、湖と対峙した。

「教えてください。彼女の運命は、もう決まっているのですか?」
「何ゆえそんな事を問う?」

 湖は静かに言った。

「俺には、あなたの心にある絶望が見える気がする」

 湖は答えなかった。それでも俺は続けた。

「俺は、一時春花を恋しく思う余り、彼女を囲い込んでひどく傷つけ、挙句に春花と引き裂かれると自殺を試みたのです。彼女が妊娠したと知ったのは、そのすぐ後でした。あの一件から、春花は少しずつ変わっていきました。前にここに来た時、あなたは桜の散りざまの事をおっしゃってましたね。だけど、今の彼女なら、もしかしたら...」

 湖は、俺を包み込むような色になっていた。

「若いと言う事は、本当に素晴らしい。しかし、もしも君の考えと違う結果になっても、自分を責めて苦しんだりしないでくれ。それは、彼女達の遺伝子から来る行為なのだから」

 しばらくの沈黙の後、そう言ったきり湖は黙り込んでしまった。後には穏やかな風が、俺を撫でて行っただけだった。

 春花の待つ桜の所まで戻ると、彼女の母親は念を押すように春花に再会を約束させていた。

「日が暮れると寒くなるから、そろそろ降りようか」

 俺の言葉に従って、春花は山を降りた。途中で振りかえると、例の山小屋のおじいさんが畑仕事の手を休めて俺達の方をじっと見つめていた。その眼差しが悲しげで、俺は胸を締め付けられるような感覚に襲われた。

「お父さんもお母さんも凄く喜んでくれたわ。来て良かった」

 何も気づかなかった春花は、嬉しそうにそうつぶやくと、俺の方に向き直って、ありがとうっと言った。車に乗り込みハンドルを握りながら、これからは無理しないようにしようなっとだけ言った。しかし、彼女の母親の念を押すような再会の約束とおじいさんの眼差しが、俺の中にしこりとなって残っていた。


 それから10日と経たないうちに、春花は不正出血で緊急入院する事になった。
俺がスタジオから病院に駆け込んだ時、春花は点滴を施された状態で病室の天井をにらんでいた。

「春花、具合はどうなんだ」

 焦って春花にしがみついた俺を見て、春花は逆に緊張の糸が切れたように、ポロポロ泣き出した。

「カイ。恐かったよ。もうちょっと遅かったら、赤ちゃん流れてしまうところだったんだって」
「それで、赤ちゃんは大丈夫なのか」
「うん。今は流産を予防するお薬を点滴で入れてるから大丈夫みたい。だけど、トイレ以外では立っちゃだめなんだって」

 俺は、ほっとして春花の頭を撫でてやった。

 その日から、俺は毎日病院に通った。
撮影が始まっていた春花のテレビドラマは、他の人間に交代が決まった。その辺りは西村さんの力が発揮されたのだろう。春花はちょっと残念そうだったが、今は小さな命を絶やさない事に意識が集中していたので、あっという間に忘れてしまったようだった。

俺は、春花が不安にならないように、出来るだけ傍に居るようにした。照れくさかったが、育児書も買い込んできた。俺達は、毎日頭を付き合わせて育児書を読みこんだ。

 春花が入院して、1週間が過ぎた。病院に行くのもずいぶん慣れてきた。病室に入ると、春花が、診察室に呼ばれて行くところだった。

「カイ、すぐ帰ってくるから待ってて」
「ああ。気をつけてな」
 俺は春花を見送って育児書に手を伸ばした。必要な物をメモに書き写していると、看護士がやってきた。

「あら、お父さん熱心ですね。生まれてくる赤ちゃんはきっと幸せになれるわ」

 この病院は芸能人も良く使っているせいか、俺達の事を好奇の目で見る者は少なかった。そして、見た目の華やかさと裏腹に、夫婦の関係が希薄な仮面夫婦が多いのか、俺達は、よく看護士や医者にこんな風に誉められたりした。

 看護士が体温計を置いて部屋を出ると。入れ違いに春花が帰ってきた。お帰りっと言いかけて、言葉が止まった。

春花は真っ青な顔になってゆるゆると部屋に入ると、半ば放心状態でベッドに横になった。俺が居た事すら忘れているように、ベッドに横たわった後も抜け殻のようにぼんやりとしていた。

「どうかしたのか?」

 春花を気遣いながらも俺が声を掛けると、はっと我に帰ったように俺を見て、そして抱きついてきた。

「ごめんなさい。私、どうしていいかわからないの」

 春花はがくがくと震えていた。

「なにがあったんだ。話してくれよ」

 俺は春花の瞳をのぞき込んだ。

「赤ちゃんの心拍が聞えないの。もう動いてもおかしくない頃なのに、ちっとも動かないし。来週の検査でも同じ状態なら、もう赤ちゃんの事を諦めなさいって言われてしまったの」
「どうして...」

 目の前が真っ暗になったような気がした。

 春花が泣き崩れた時、さっきの看護士がやってきた。

「山野さん。大丈夫?」

 彼女も春花の診察結果を聞いて、心配で様子を見に来てくれたのだった。

「落ちついて聞いてね。まだ、赤ちゃんが死んじゃったわけじゃないわ。諦めないで。だけど、ごくごくまれに、生きる力が弱くて、成長できないで死んでしまう子もいるの。でもそれは、お母さんやお父さんのせいじゃないわ。その子の寿命なの。
でも、今はこの子の生命力を信じましょう。お母さん。赤ちゃんは、あなただけを頼りに生きているのよ。あなたが泣いてばかりいたら、赤ちゃんにそれが伝わって、赤ちゃんまで不安になってしまうわ。しっかりね」

 春花はじっと看護婦の言葉を聞いていたが、しっかりと頷くと、涙を拭いて俺に向き直った。

「諦めないで信じよう」

 俺はそんな事しか春花に言ってやれなかった。それでも春花は気を取りなおして頷いていた。





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最終更新日  April 3, 2010 06:28:05 PM
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