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カテゴリ:I just …
だけど、と美海は視線を落とす。7年前のあの事故のことを話しても、綾部は気持ちを変えずにいてくれるのだろうか。 それを考えると目の前がゆらゆらと波打ってくる。シーツの端で涙を拭うと、綾部の肩にそっとタオルケットをかけた。 朝方、綾部はぼんやりと目を覚ました。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。頭を上げようとして、ひどい頭痛に呻いた。 しまった。昨日は元町部長に随分と飲まされてしまったのだ。あれからどうなったんだろう。カーテンの感じからすると部屋まで運んでもらったのだろうか。 ゆっくりと寝返りを打ってその手に何かが当たって驚いた。ズキズキする頭をゆっくりと起こして見るとどうやら誰かが隣で寝ているようだ。元町部長かと目を凝らすと、それが女性だわかって愕然とする。 よくよく見ると、何処かで見た覚えがある。そこで綾部は息を呑んだ。隣に眠っているのは間違いなく夢に出てくる彼女なのだ。やっと美海に集中しようと決心したのに、どうしてこういうときに現れるんだ。綾部は頭を抱え込んだ。 どういう理由でどうなって同じベッドに眠っているのか、さっぱり分からない。 まさかと身なりを整えるが、余計なことはしていないようだ。ほっと胸をなでおろしたのも束の間、女性がかすかに目を覚ましかけている。 綾部は女性が目を覚まさないようにそっとベッドから抜け出して洗面所に向かった。 鏡に映った男は、二日酔いでひどく疲れた顔をしていた。無精ひげが伸び、どうにもみっともない。冷たい水で何度も顔を洗ってみたが、どうやら夢ではないらしいことがわかっただけだった。 そのまま窓辺においてあるカバンを取りに行こうとして違和感を覚える。昨日の夜置いておいたはずのカバンが見当たらない。改めて室内を見渡すと、そこが自分の部屋ではないことがわかった。 カーテンを少しだけ開いて外の景色を確かめると、どうやら自分の部屋からそんなに遠くないようだ。 ベッドに戻ってもう一度彼女の顔を確かめる。あどけなさの残るその寝顔は毎晩のように夢にでてくる彼女に違いないと確信する。顔にかかった髪をそっと後ろに流してやると、魔法が解けたように目を覚ました。 「ん…。 チーフ?」 「え? 吉野さん?!」 綾部はひっくり返りそうになって驚いた。やっぱりこれは悪夢か?夢に出てくる彼女だと思っていたのにいつの間にかそれが現実の生身の女性にすり替わっていたのだ。 「すみません。チーフの部屋までお連れすることができなくて。」 美海はそういいながらベッドに座り込んで目をこすったかと思うとあくびをかみ殺している。 「二日酔い、してないですか? 昨日は随分飲まされてましたね」 「こちらこそ、ごめん。昨日は元町部長にいろいろ説教されて、その後どうなったのか、その…、正直覚えていないんです。」 「ええ!? 覚えてないんですか!?」 そんなぁ…。 こっちはすっかりその気になっちゃったのに。 美海は泣きたい気分だった。 「もしかして、何か迷惑なことしちゃったでしょうか」 ベッドの脇に座り込んで探るような上目遣いの二日酔い男にムッとする。そこで美海は取引を考えついた。 「迷惑な事、されました。」 「えっ!!」 「だけど、私も謝らないといけないことがあります。だから…」 「謝らないといけないこと?」 さっきまで青くなっていた綾部が不思議そうに聞き入っている。 「そうなんです。だから、今から話すことと相殺してください。」 「わ、わかりました。伺いましょう、その話」 綾部は意を決したようにイスをベッドの傍まで引き寄せて座った。美海は少し深呼吸して一気に7年前の事故について話した。 「これが私が謝らなければならない話です。すみません。ひどいですよね。付き添いもせず謝りにもいかないで…。」 とりあえず言い終わったものの、美海は正座した膝の上に重ねた自分の手のひらから視線を上げる事ができなかった。 どんなに罵倒されてもしかたないかもしれない。 しかし綾部の反応はまったく逆だった。不意に両肩をがっしりとつかまれて、驚いて思わず顔を上げた。目の前には満面の笑顔の綾部がいる。 「ありがとう。この話は謝ってもらうことなんかじゃありませんよ。ずっと気になっていたあの夏のことが、ようやくわかったんですから。それに、夢の女性の事も!」 そういうと再びイスに座り込んで感慨深げにつぶやいた。 「そうか、その頃から僕は…。 あ、じゃあ。僕がやってしまった迷惑な事ってなんだったんでしょう」 美海は一瞬真っ赤になって言葉を失った。その様子をみて今度は綾部が青くなる。 「あの、言いにくいとは思いますが、お願いします。」 綾部はイスから降りて床に座り込んだ。そして、どんなバツでも受けますとばかりに地面に手をついて土下座した。 「昨日の夜。元町部長と塩屋さんが泥酔状態のチーフを連れてきたんです。それで…」 「それで?」 綾部が顔をあげる。眉が八の字になっていた。 「介抱してやってくれと言われて、とりあえずソファに座ってもらおうと思ったんですが、足が絡まってベッドに倒れこんじゃって…」 「ベッドに、ですか」 八の字の眉はそのままに頬がどんどん赤くなる。 「下敷きになって苦しくてもがいていると、チーフが顔を上げて、そのままその、キスを…」 「えーーっ!!」 頭の中が真っ白になっているのが美海にもわかった。 「だけど、私が怒っているのはそのことではないのです。」 「な、何をしでかしたのでしょうか」 綾部はすっかり涙目になっている。美海はベッドからするりと降りて、自分も綾部の座り込んでいる床にぺたんと座った。 「覚えていないって言いましたよね。そのことを怒っているんです!」 理解できずにぼーっと美海の顔を見ている綾部にぐいっと顔を近づける。興奮しているのか鼻の頭が赤くなり、目は涙目になっていた。 「人をその気にさせておいて、覚えていませんとはどういうことですか!」 涙がゆるゆると揺れていた。それがぽたりと一滴床に落ちたとき、綾部はやっと我に返った。 「い、今、思い出しました!」 綾部はしっかりと美海を抱きしめて、ゆっくりとかみ締めるように言った。 「僕は、僕はただ、君に会いたいがために今まで生きてきたのかもしれない。だから事故のことは覚えていなくても君の事はずっと忘れなかったんだ。」 美海はそっと自分の腕を綾部の背中に回した。意外にしっかりとした体格に、今さらながらどぎまぎする。 二人がもう一度見つめあったとき、美海の携帯電話が鳴り出した。 「美海かぁ? おはよう。仕事は終わったか?」 「父さん!! ん、イベントは昨日終わったけど…。」 「なんだ、後片付けがあるのか? もし、早く終わりそうならこっちに合流しないか。ここの角煮は最高なんだよ。来られるようならごちそうしてやろう」 「父さん…。私だって何回もその宿には泊まっているもん。角煮がおいしいのは知ってるよ。でも、まだ予定が立たないから、また連絡するね。」 電話を切ると、綾部が意を決したような顔で言った。 「お父さんからの呼び出しですか?」 「ええ。まだその先の温泉にいるから合流しないかと…」 「行きましょう! 千鳥山温泉はすぐ目の前じゃないですか。お父さん、さみしかったんですよ、きっと」 綾部はすっかりその気になって、返事も待たずに慌てて自分の部屋に戻ってチェックアウトの準備を進めた。 荷物をフロントに預けて、ホテル内で綾部と朝食をとる。今日もまぶしい日差しが降り注いでいる。ブッフェスタイルの朝食をそれぞれ皿に盛って席につくと、ほとんどが同じ料理でおかしくなる。 料理を食べているときも、パンをほお張るときも、綾部の目はずっと美海から離れなかった。美海以外なにも見えないかのようだ。 「チーフ、お願いですから普通に食べてください。そ、そんなに見られていると、はずかしくて食べられないです。」 「えっ?! あ、ごめん…」 このまま綾部は自分と一緒に温泉地まで行く気なのだろうか。そうなるとして、自分は両親になんと紹介すればいいのだろう。 美海はじわじわと迫ってくる状況に戸惑っていた。 今朝、ステディになったばかりの綾部を恋人と紹介するべきなのか、それとも上司であると言うに留めればいいのか…。 もちろん、綾部にも何か考えがあるのだろう。今は夢見心地なこの若い上司が、自分の両親の前にでてなんと自分を紹介するのか想像できなかった。 食事を終えると、コーヒーが飲みたくなる。これはいつもの癖だ。コーヒーメーカーのあるコーナーに行くと、自然とカップを2つ取り出してコーヒーを運んでいた。 「どうぞ」 綾部がテーブルの横に立つ美海を見上げて、ぱっと顔を赤らめた。 「どうかしましたか?」 「あ、いや。あの、もしも結婚したら、朝ごはんはこんな風に二人で食べるんだろうなぁって、そんなことを想像していたものだから。想像と現実がごっちゃになってどぎまぎしました。」 今度は美海が赤くなる番だ。 「だけど、ほんとにそうなればいいのにと思います。吉野さんはどうですか?」 まっすぐな眼差しが日の光のように美海を包み込む。心の中で何かが揺るぎないものへと変わっていった。 「チーフ、両親に会っていただけますか?」 「はい。」 美海はすぐさま携帯電話を取り出し、父親に連絡をとった。 「父さん、今からそちらに向かうわ。」 「そうかそうか。芳雄のヤツ、荷物だけ運んだらさっさと何処かに出かけたんだ。せっかくうまいもんを食べさせてやろうと思っていたのに…」 電話の向こうで父をたしなめる母の声がしている。年頃なんだからとかなんだとか…。 「それで…。彼と一緒でもいいかな」 電話の向こうで大騒ぎしている声が聞こえてくる。美海は思わず笑顔になった。 ホテルを出て温泉地へと向かう。タクシーは山の上へとのんびり上っていった。膝に置いた手に、大きな温かい手が重ねられ、冷房の利いた車内にいる美海の頬を紅潮させた。 しばらくすると綾部の携帯電話が鳴り出した。真面目な様子で聞き入っていた綾部はゆっくりと笑顔になった。 「わかりました。では休暇を頂いた後、すぐさま打ち合わせをしましょう。がんばってください!」 電話を切ると、美海に向かってにっこりと微笑んだ。 「大矢さんが、次期室長に決定したそうです。これからもどうぞよろしくって。」 「そうなんですか。よかった」 美海は迷子のそばで励ましていた大矢を思い出してうれしくなった。 「もうすぐ千鳥山温泉街に入りますが」 運転手に目的の宿の名前を告げる美海の横で、綾部の顔がぐっと引き締まった。 おしまい お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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しんたちゃん、良かったよ~(*≧▽≦*) 期待を上回るハッピーエンド*^∀^* しかも前回迄はプラトニックな関係だった二人が、 最終話では将来を誓い合っちゃうんだものw ほんわかムードを壊さずに怒濤の展開見せちゃえるなんて、 ハンパない腕前ね(o^-')o 感動のシーンで笑いが込み上げて来たり、 今じゃ蚊に刺された程度の衝撃でしかないキスに赤面したり… 凄く新鮮だったよ^^ 楽しい時間を本当にありがとう(*⌒-⌒*) そんな重要な最終話だけに、重箱の隅を突つこうチェックしてみたわw 余り考えずに、感覚だけで読んでみてね^^ ★ゆっくりと寝返りを打ってその手に何かが当たって驚いた。 ⇒寝返りを打ったその手に… ★美海は少し深呼吸して一気に7年前の事故について話した。 ⇒美海は一度深呼吸すると… ⇒美海は一つ深呼吸をすると… ★綾部はしっかりと美海を抱きしめて、ゆっくりとかみ締めるように言った。 ⇒美海を抱きしめ、 ⇒美海を抱きしめると、ゆっくりかみ締めるように言った。 →→続く→→→ (April 30, 2010 05:30:40 PM)
★今は夢見心地なこの若い上司が、自分の両親の前にでてなんと自分を紹介するのか想像できなかった。 ⇒今は夢見心地でいるこの若い上司が、両親の前に出た時なんと自己紹介するのか想像ができなかった。 ⇒~なこの若い上司が、両親の前でどう自分を紹介するのか想像(が)できなかった。 ★心の中で何かが揺るぎないものへと変わっていった。 ⇒心の中の? ★美海はすぐさま携帯電話を取り出し、父親に連絡をとった。 ⇒携帯電話を取り出すと、父親に連絡を入れた。 ⇒携帯電話を取り出し、父親と連絡をとった。 ★運転手に目的の宿の名前を告げる美海の横で、綾部の顔がぐっと引き締まった。 ⇒目指す宿 の方が自然? こんな感じかな。 たった一度上映されるだけのストーリーなら、 誤字脱字や思い違いなど恐れる事なく、 見たままを書き表す事に集中すべきだと思う。 凡才の私から見たら、驚異的な作業よ(*'o'*) 餅は餅屋、私にも手が出せる推敲段階は手伝わせて貰うから、 これからも素敵な小説を書いてね(^_-)-☆″ しんた先生へのファンレターでした! りさ*^∀^* (April 30, 2010 05:43:41 PM)
一度全部その通りにコピーして、原文と比べるといいかもしれませんね。
…初めてしんたさんの小説を読んだ時と、この作品の頃とではかなり進歩がみられるのですが、りささんが指摘されたように、綿密に添削すればまだまだアラが出る。ただ、それをどこまで伝えたものか、という迷いはいつもありました。いきなり完璧な答案を要求しても無理なので、今日はここまでにしておこうとか、そういうところに職業が出ていたなあ(笑)、などと過去を振り返りながら今回読ませていただきました。 新作をゆっくり待っています。 (April 30, 2010 10:05:35 PM)
ありがとう~~~♪
いくつになっても褒めてもらえるとうれしいもんですね。 すっかりその気になっちゃうわ。 よ~し!次もがんばるぞ~!! いつもチェックありがとうですぅ~~! 一つずつ、チェックしてパソに保存しているファイルで 添削しております。 もちろん、中には自分のやりたい方を選んでるときも あるけどね。^^ また、甘えちゃうかも~~!! よろしくお願いしますですぅー!! 笑 (May 1, 2010 07:25:50 AM)
あい、スルーなどしておりませんわよ。
ただ。。。 実は前回のブログを消すとき、ログを移動しそびれたところがあって、 せっかくアドバイスいただいていたのに推敲に使えなかった部分がありました。(>_<) めっちゃショックです。 フリーページに移していたものはチェックしながら推敲していたんですけどねぇ。。。 あの頃は忙しすぎたのでしょうねぇ。 「またこんなことをやってる!」と叱られそうですが、 気長にお付き合いくださいませ。 よ~~し、がんばって新作書き上げなくちゃ! (May 1, 2010 07:30:47 AM) |
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