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カテゴリ:エグゼクティブ・チーム
エピソード 44
室内の志保は、ぼんやりと机に突っ伏していた。3日前から、食べ物が尽きていた。水道があるので、水は飲めるが、身体に力が入らない。あの事件以来、外で物音がすると、怖くて耳を塞いでしまう。 「ああ、今の声、美月社長にそっくりだ。社長、どうしてるかな。勝手に出かけたままになって、怒ってるかな。幻聴が聞こえるなんて、もう、私やばいかも…。ふふ、こんなに一生懸命ドアを叩いて…。これがほんとに美月社長だったら、素敵なのにな。…そうだ、最後に社長に伝えたかったこと、書いておこう」 志保は重い体を無理に動かして、手帳を引き出すと、今までの身近な人々への感謝の気持ち、橘や七瀬に仲良くしもらって嬉しかったこと、そして、美月への想いを綴っていると、再び美月の声が聞こえてきた。 「三田村さん、もう、食料が尽きているんだろ? そこにいてはダメだ。早く出てきてよ。榊も心配していたよ。君が来ないと、秘書室が暗くてたまらないんだ。君がいなくなってから、どんなものを食べてもおいしくないんだ。二日酔いでひどかった時、介抱してくれただろう。あの時心底思ったんだ。君がいてくれてよかったって。だから、どうか…、どうか無事でいてくれ」 美月はドアに耳をつけたまま、祈るように声を掛け続けた。すると、コトリっと微かな音が聞こえた。 「三田村さん!居るんだね!」 志保は口元を覆って驚いていた。あの言葉を知っているのは美月だけだ。すぐにでもドアに向かいたいのに、彼女にはもう力が残っていなかった。動こうとした拍子にペンが床に落ちた。 玄関先では誰かが走っていく音が聞こえている。だけど、もう動けない。座っているのも辛くて、床に横になりぼんやりと玄関を見ていると、ベランダからガラスの割れる派手な音が響いた。 「三田村さん!!生きてる!」 心配そうに顔をのぞき込んで確かめると、美月はそのままぎゅっと胸に抱きとめた。 「良かった。生きていてくれてありがとう!」 玄関でノックの音がした。美月はすぐさま玄関に向かって鍵を開けると、ゴーチエに救急車を呼んでもらうように頼んだ。 疲れ果てた体をそっと抱き上げて、マンションの前まで運ぶと、そのまま救急車に乗り込んだ。 病院に到着して、志保が処置室に運ばれていくと、後からやってきたゴーチエがニヤニヤしながら美月の隣に座った。 「美月君、部屋にこんなものが落ちていたんだが、見るかい?」 不思議に思って受け取ると、女性らしい花柄の手帳に細かく書かれたメモだった。静かに読み進めて、途中から美月の顔が真っ赤になっていった。 「ゴーチエ、この日本語は読めるの?」 「あ~、ボク、ニホンゴ、ムズカシイネ」 「絶対読めるだろ!」 これ以上ないほどに真っ赤になった美月に、ゴーチエは声を落として告げた。 「今回は、彼女に大きな負担を強いてしまって申し訳ない。慰謝料はディアス達から搾り取るから。それから、君たちが結婚するときはぜひ知らせてほしい。じゃあ、私は報告があるので、国へ帰るよ」 少し寂し気なその姿に思わず声を掛ける。 「ゴーチエ…、えっと。あの会社経営は気をつけないと…」 「ははは。あれはダミー会社だったんだ。奴らを誘き寄せるためのね」 「あ、そうか。ミスターKの仲間だったね。あの経営センス、素晴らしいと思ったんだけど。これじゃあ、プロとして、僕は肩身が狭いな。もうちょっと勉強しないと。あと、ありがとう!彼女が助かったのは、君のお陰だよ」 そんな美月の肩をポンと叩くと、ゴーチエは病院を後にした。 「三田村さんのご家族の方」 「はい。」 看護師に呼ばれて病室に入ると、医師から説明があった。幸い、食事がとれていないだけで、他は問題ないとのことだった。夜には気が付くだろうと言われ、美月は連絡を入れるため病室を出た。 榊や藤森、奥平にも連絡を入れた。一息ついて、病室に戻ると、志保が目を覚ましていた。 「社長!私、どうしてここに?」 「怖い目にあったね。狩野さんが揉め事に巻き込まれて、意識を失っていたそうなんだ。だから、三田村さんの居場所が分からなくて、助けに行くのが遅くなってごめん」 ゆっくりと首を横に振る志保は、まだ笑顔も弱弱しい。それでも、彼女が口にするのは、他の人の心配だ。 「狩野さん、大丈夫だったんですか?」 「ああ、あのマンションの近くの部屋の人が助けてくれて、病院にいたんだが、意識が戻らなくて連絡の仕様がなかったそうだ。彼が目を覚ましてくれたおかげで、君の居場所が分かった」 話をしながらも、美月の手は志保の手をしっかりと繋いで離さない。志保がちらっとその手を見ても、美月にはどうしても離せなかった。 「社長、私、食べ物が無くなって意識がぼんやりしてくると、なぜか社長が私を助けに来てくれるような夢ばかり見ていたんです。おかしいですよね。きれいなお姫様でもないのに、社長みたいな王子様が来てくれる夢なんて。だけど、本当に窓を蹴破って入ってくるなんて、びっくりしました。社長、ありがとうございました。」 つないだ手に、点滴の針が刺さった手を添えて、何度も頭を下げようとする志保を美月はそっと抑えた。 「本当のことを言うと、君がいなくなって、どうしていいのか分からなくなっていたんだ。今まで、たくさんの人に好意を抱かれていた。だけど、自分が人を好きになることはないと思っていた。それなのに、君がいなくなって、気になってしかたがなかった。朝起きたら、君はどこで眠ったのだろうと思った。食事をする時は、君の料理の方がおいしいと思ったし、ちゃんと食べられているだろうかと気になった。自宅に帰ったら、君は居心地のいい場所にいるだろうかと思った。 そして、やっと自分の腕の中に取り戻せたとき、もう二度と…。もう二度と、放したくないと思ったんだ。」 「社長…?」 「社長じゃない。美月司というただの男だよ。こんな情けない男だけど、僕と結婚してくれないだろうか?」 「私なんかでいいのですか?」 志保の頬を涙が伝っては落ちる。それをそっとぬぐいながら、美月は笑った。 「君以外と結婚するつもりはない」 二人は見つめ合ったまま、そっと唇を重ねた。 つづく お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
January 28, 2023 08:00:10 AM
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