映画の中の酒場 中川信夫篇
中川信夫は、怪談映画の名手として名高いけれど、そしてそれは間違いではなかろうけれど、しかし核心をついているとまでは言えない気がする。怪談というもともとは話芸のうちに含まれるであろうジャンルは極めて狭隘な括りでありまして、中川信夫がそんな狭い枠内、ジャンル映画の極一部門の映画作家として押し込まれるのには、どうにも我慢ならぬのです。とかく評論家とか呼ばれたり自称したりする人というのは、キャッチーなラベルを貼るのがお好きなようです。それは時には大いに効果を波及させることがあるけれど、耳障りのよいラベルはとかくあらぬ誤解を召喚しがちになります。故に怪談映画の巨匠・中川信夫の傑作として流布されるのはお決まりの映画ばかりとなるのです。正直、怪談というものの本質が恐怖にあるとすれば、恐ろしければ恐ろしい程優れた作品になるということになり、正直に言えば中川信夫より恐ろしい映画は幾らだって存在するのです。 例えばこれについてはジャンルに限定されぬ日本映画のオールタイムベストの最後の方にリストアップされたりもする『東海道四谷怪談』(1959)がありますが、この映画の素晴らしさは、ぼくも大いに共感するところですが、その評価に恐怖という要素の入り込む隙間は極めて少ないと思っています。そんな簡単にひと言で済ませてしまっては、つまりは一般にジャンル映画の最良の作品の一本という安直な言葉で片付けるのはこの映画の豊かさの多くを見逃させるミスリードになりかねません。特に沼地や川を画面下部に据えて、画面上部に長屋など配置する構図はとてつもなく美しいのです。この構図は新東宝のワイドスクリーンをさらに帯状にすることで、絵巻物を眺めるような気分にしてくれます。とまあ、そんなことはさておいて、この映画における酒というか呑みの見せ場でありますが、困ったことに見当たらぬのですねえ。【中古】 東海道四谷怪談 /天知茂,若杉嘉津子,大友純,池内淳子,江見俊太郎,中川信夫,大蔵貢,鶴屋南北 【中古】afb『エノケンの頑張り戦術』(1939)では、芸者を呼んでの宴会シーンがあるほか、社員食堂風レストランが出てきたり、重役会議で洋酒を呑んでいたり、ラッパ飲みするウォッカを燃料に列車を追っかけたりといった描写はあるのですが、肝心の酒場は出てこぬのです。 一方で、中川は同時に宴会(描写)好きとして知られているのでありますが、実際に見てみると好きというのは間違っていたかもしれないと思うのです。『青ケ島の子供たち 女教師の記録』(1955)でも婚礼の席で酒が振舞われるシーンがあるだけです。『怪談累が渕』(1957)も宴席ではないけれど、主人公の一人が按摩と酒を酌み交わしていたのにその按摩を突如切り捨ててしまったり、芸者衆のやはり酒席が悲劇のきっかけとなったりもするけれど、いささか物足りない。たっぷりと宴会の描写があるので知られる『地獄』(1960)ですが、こちらでは主人公らが地獄に叩き落される前にキャメラが前後に移動する眩暈を催させるような長い長い宴会シーンで知られます。「豚酎軒」なる店から焼豚大盛一皿を差し入れられという意味深長な描写もありますが、そのオチは未解読です。「粘土のお面」より かあちゃん』(1961)では、伊藤雄之助がすっごい呑兵衛なんですが、いつも自宅の長屋で独り酒を呷るばかりで、長屋の連中が宴会をやっている際中に夜逃げするというネガティブな装置として描かれます。『怪異談 生きてゐる小平次』(1982)では、ほぼ3名のみの役者たちが酒を酌み交わすのだけれど、ただ座して語らせるだけでは構図が締まらぬといった程度の効果を狙って役者たちに酒器を持たしているように思われるし、酒樽「日本城」が背景として積まれているのも画面に変化をつけるためだけのように思われ、映画としてはどれもすばらしいのだけれど、酒呑みの面目躍如とはいかないように思えるのでした。【中古】 地獄 /天知茂,沼田曜一,三ツ矢歌子,中川信夫(監督),渡辺宙明(音楽) 【中古】afb「粘土のお面」より かあちゃん [ 伊藤雄之助 ]怪異談 生きてゐる小平次<ATG廉価盤> [DVD]中川信夫傑作撰DVD-BOX (初回限定生産) 五月藤江 新品 マルチレンズクリーナー付き