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2006年04月14日
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「優雅な舞(その12)」

「麦氏」

字ではなく氏で呼ばれて範の補佐・玉蘭は振り向いた。玉蘭のことをこのように呼ぶのは薫彩宮では一人しかいない。その相手に玉蘭はにこやかに応えた。

「秦氏、相変わらず忙しそうね」
「麦氏、あなたほどではないわ。今日は主上?」
「ええ、柳から知らせが来たので」

秦氏と呼ばれた女官は玉蘭の応えを聞いて眉を顰めた。良くない知らせが来たと直感したのであり、それは間違っていなかった。この秦氏と玉蘭が互いに字で呼びあわないのは秦氏の字も玉蘭だからである。見目麗しい娘は大概玉葉と言う字をつけられる。碧霞玄君にちなんだ字はありふれたものだが、女官を目指して『西陽楼』に来る娘の殆んどが玉葉では都合が良くない。そこでそれまで玉葉と呼ばれていた娘たちは新たな字をつけることになる。葉の字を残して紅葉、双葉、若葉、緑葉などとしたり、玉の字を残して玉児、玉華、玉香、玉媛などとしたりした。玉蘭もそんな字の一つだが、玉蘭が補佐として赴任してからはこの字が使われることはなくなった。が、その直前に『西陽楼』で玉蘭の字を使っていたのがこの秦氏なのだ。玉蘭は着任してしばらくはホンの手伝い程度だったが、一年後には『西陽楼』を任されるようになったので、秦氏以後は玉蘭という字が使われなくなったが、これは玉蘭が秦氏と特に仲良くなっていたからでもあった。同じ字ということで紫陽での暮らしに慣れていない玉蘭にあれこれと親切にしたのが秦氏で、いつの間にかお互いのことを麦氏、秦氏、と呼び合うようになっていた。ちなみに玉蘭の麦氏は父親の槙羅が麦州侯となり、麦槙羅と名乗るようになったからで、本姓は叡氏であり、秦氏の方は秦氏が本姓である。薫彩宮の官の条件は才覚があるのはもちろんだが、趣味が悪いのは論外である。漢の場合は武官など、腕力が問題となることもあるが、それでも任官後に徹底的に作法、所作、服装などを叩き込まれる。女官の場合もかつてはそうだったが、妬み嫉み足の引っ張り合い、果ては人事を巡る贈収賄にまで発展し、氾王は制度を改めた。百五十年ほど前、当時の遣士であった庸賢に『西陽楼』を作らせ、そこで女官の育成を担当させたのだ。庸賢にとっては迷惑な話であるが、騎獣での出入りが自由になる輸出卸を認めてもらうことで妥協した。もともと範の製品を扱う商家の出だっただけに、庸賢は氾王の趣味をよく理解し、それを叩き込むのに成功した。『西陽楼』に来るのは少学や大学で優秀な成績を修めたものばかりなので、勘所さえ押さえれば容易に吸収して行った。『西陽楼』で半年から一年過ごすと誰もが見目麗しく、所作も素晴らしい女人に変貌するのをつぶさに見て、やがて評判になり、本来の目的とは違う経路から行儀見習いやら何やらで『勉強させてもらいたい』というものたちで溢れるようになった。庸賢はけんもほろろに断っていたが、断られて氾王に泣きついたものが多数でたようで、『別枠』も設けることになった。今では『別枠』の方が主流となり、本来の大学卒業者たちは年に数人程度になっている。『別枠』の方も希望者は数百人に昇るが、採用されるのは精々一割、年に二三十人程度である。このうち薫彩宮に上がれるのは十数名がいいところで、年によっては全く上がれなかった年もある。が、女官でなくても奚でも構わないものは『西陽楼』出身なら大概採用された。もちろん、一年という年期が辛くて逃げ出したりするものもいたし、逆に数年みっちりと躾けてもらいたいというものもいた。『西陽楼』出身の女官は天官府や春官府、冬官府に配属され、薫彩宮をより興趣のある場所にすべく努めたりしているが、秦氏は大学の探花任官でもあり、秋官府に配属されたあと、今は冢宰府に移っており、政事の中核に近い位置にいた。『西陽楼』の時から仲の良かった玉蘭とも薫彩宮でしばしば顔を合わせ、あれこれと情報交換をするようになっていた。

「柳ね。やはり戴との航路に妖魔が?」
「そんなところね。正直なところ玉の供給が止まった場合、在庫はどれくらい?」
「いきなり厳しいことを訊くのね。今は殆んど冬官府に廻しているから… 市中には出回らなくなるわね」
「街中が酷いことになりそうね」
「その辺りについては相当苦情が来ているわ。雁が斃れた時も酷かったけど、あの時はまだ玉が豊富だった。今度は…」
「あまり考えたくないことになりそうなのね?」
「できれば口にもしたくないわ。言霊が恐ろしいから」
「そうね。あとでそっちによるわ。官府にいるでしょ?」
「あなたの話次第では呼び出されるかもしれないわね。その後で良ければ」
「それで良いわ。ではあとで」
「ではあとで」

玉蘭は秦氏と別れて氾王の執務室に向かった。朱楓が氾王を苦手としているせいか、何かと玉蘭が拝謁することが多い。春分を目前にして春の除目やら新規任官者の受け入れやらで慌しいこの時期に柳から届けられた情報は芳しいものではなかった。しかし、それを氾王に伝えないわけには行かない。氾王の執務室には氾麟の姿はない。州侯の執務に当たっている時間を選んだのだ。玉蘭は拱手をしてから報告をした。

「戴が斃れてから間も無く一月になりますが、その後の状況について連絡が参りましたので報告いたします。まず、戴の国内情勢ですが、小司馬だった翔雲がそのまま仮朝の長に就任しました。が、それに対する反発も少なからず、執務が停滞しているもようです。玉の産地である文州は琳宇に妖魔が姿を現しだしたので、王師、州師を差し向けたそうです。今のところはまだ玉泉は涸れておらず、玉の産出が続いておりますが、琳宇から柳に向かう航路が危うくなっているそうです。空行兵一両二十五騎を派遣して船の護衛に充てているので、直接の被害はまだでていません。妖魔は垂州から徐々に広がっており、人的被害も出始めております。一方、対岸の雁ですが、これまで家禽だけだった妖魔の被害も人馬に広がっております。柳との高岫を含む北部の光州で州師を中心に二十人ほどが屠られました。そして、天候が荒れ始めています。積雪が多かった割に雪融けが遅れていたのですが、この雪解け水に長雨が加わり、漉水流域で堤が決壊して田圃が沈みました。この洪水でやはり百名ほどが死んだり、行方不明になったりしています。南部の方はまだ被害状況が把握出来ておらず、おそらく田圃を失ったものは万単位になる模様で、これが荒民として慶や柳に流出する見込みです。今後天候が回復するかどうかについては未知数です。妖魔についても陽の時期に入りますので、状況を見極めたいと」
「随分と悲観的な話じゃの。嬌嬢がいない時を狙ってくるだけのことはある。戴の玉についてはどう思う?」
「まず、玉泉ですが、昨年くらいから眼に見えてというほどではないのですけど、どうも泉の湧水量が減り始めていたようで、この春にはがくんと減ったのがわかったらしいのです。最悪の場合、来年にも涸れてしまう危険性もあります。また、先ほども申したように琳宇に妖魔が出始めており、人的被害が出た場合、採掘が困難になりかねません。玉を運ぶ柳に向かう航路についても同様で、秋分以降、陰の気が強くなった場合にどうなるか不安なものがあります」
「…下手をすれば秋にも玉が入らなくなるというのかの?」
「はい。玉泉がすぐに涸れなくても二年から三年位かと」
「その場合でも良質ではなく、粗悪なものだというのであろ?」
「はい」
「驕王の晩年から李斎が即位してしばらくするまでは酷いものだったが、それくらいに酷くなるのかの?」
「はい」
「雁についてはどう思う?」
「戴が斃れた陰の気に引き摺られているのやもしれません。昨年が平穏だっただけに衝撃は大きいようです」
「荒民はどの程度と見ている?」
「昨年末が全体で十万人足らずでしたが、この倍から三倍程度は」
「最も少なく見積もった数字かの?」
「はい。天候次第では五十万人を超えるやもしれません」
「それは慶一国で引き受けざるを得ない人数であろ?」
「はい」
「柳、恭、巧などを合わせれば百万人は超えるか… ありえそうだの。備えは十分なのか?」
「いえ、精々が二三十万人ではないかと。それ以上は辛抱して貰うことになります」
「いやにあっさり言うの。辛抱と言ってもそう簡単ではなかろうに」
「慶の民にもある程度は我慢してもらっています。が、慶の民に限度を超えて我慢を強いれば慶が傾きましょう。そうしないためにも辛抱していただかないと」
「雁を才に、慶を範に入れ替えて聞けと聞こえるが、まぁよい。柳の方は厳しいのか?」
「はい。慶よりもいささか立ち遅れておりますので、十万人が良いところかと」
「随分謙虚な数字じゃの」
「いえ、柳に逃れるなら青海を渡って巧に逃れる方が良いと思うのですが、こればかりは妖魔の動向如何ですので」
「そちらの方にも妖魔が出たのか?」
「いえ、まだその報告は受けていません。しかし、その可能性は否定できませんので。もちろん、これは黒海の方にもいえます。高岫も柳の方は今はまだ北路が確保できていますが、慶の方の巌頭はかなり危うくなっています。もし烏号がやられると、慶や巧に逃れるのは困難になります。我らの連絡網も雁で寸断されかねません」
「…それについては昨年のうちから考慮に入れているのであろ?」
「はい」
「雁のせいで慶と柳は当てにできぬ。巧や奏には才が壁になっておる。しかも、才は範の重荷になっておる。一日も速く王に立って貰いたいが、どんなに速くても五年はかかろう。頼みの恭は間も無く節目の三百年になる。頼るには心許無いであろ?」
「……」
「随分正直じゃの。玉蘭、そちが冢宰であったならまず何をする?」
「才の仮朝に働きかけて奏と和睦させ、荒民があちらに流れるようにいたしますが?」
「才の荒民を抱える余裕がないと?」
「玉の供給が止まり、民の匠たちの仕事が失われた場合、その不満の捌け口の先にいるのが荒民であろうと思うからです。荒民に分け与えていた分の負担が減るだけでも違うでしょう」
「荒民に向かわない場合はどこに向かう?」
「……」
「まず、不満を感じさせないこと、不満を感じさせてしまったら捌け口を与えること。どちらも容易ではないがの。嬌嬢には聞かせられぬことであろうが… そろそろ切り上げねばならぬようであろ?」
「そうですね」

氾王も玉蘭もこちらに近づいてくる話し声に気付いていた。氾麟が州侯としての務めを終えてこちらに向かっているのだ。

「細かいところは秦氏と」
「あとで報告するように、とな」
「わかりました」

玉蘭が拱手して退出しようとした時、扉が開いて氾麟が入ってきた。玉蘭は氾麟に拱手して退出しようとした。が、氾麟が膨れっ面をして文句を言った。

「もう、玉蘭ったらたまにはゆっくりして行ったらどうなの?こないだだってそうだったし」
「まだ、冢宰府に用事がありますので、申し訳ありませんが」
「仕方ないわね。今度はゆっくりお話をしましょう。いいわよね?」
「はい、かしこまりました」

玉蘭は優雅に礼をして氾王の執務室から下がった。扉を閉める時、氾王に寄り添う氾麟の姿が見えた。この姿をあとどれくらい見ていられるのだろうか、という思いを打ち消して、玉蘭は秦氏の待つ冢宰府へと向かった。






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最終更新日  2006年04月14日 12時24分47秒
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