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2006年04月15日
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「優雅な舞(その13)」

「秦氏」

秦氏と呼ばれた女官は声のした方を振り返った。明後日の春分に行われる春の除目で冢宰府侍郎になることが内示されている秦玉蘭のことを薫彩宮で秦氏と呼ぶものは限られており、そのうちの一人が遣士補佐の麦玉蘭である。その麦玉蘭が秦氏のもとを訪れたのだった。麦玉蘭は先ほどまで氾王に拝謁しており、その内容によっては秦氏が氾王に呼び出されると予想していたが、氾王からの呼び出しはなく、その代わりに麦玉蘭が現れたのだ。午を大きく廻った時間であり、呼び出しを考えて今日の雑務などは片付けてあったが、周りの眼もあるので抑え目の声で応えた。

「麦補佐、主上の御用はお済みですか?」
「はい、お蔭さまで。詳細については秦氏と協議するように言われましたので。お時間、よろしいですか?」
「はい。場所は移した方がよろしいようですね?」
「お願いできますか?」
「はい。承知しました」

秦氏は残っている官に断って退庁することにした。冢宰と侍郎は除目のことで雲隠れである。春分の前は大概こうなる。実質秦氏が冢宰府の責任者だったが、主上の御用という言葉に誰もが沈黙を守った。内密の話のようなので、下手なことを言えばあとが物凄く怖い。結局、秦氏と玉蘭は紫陽の街に下りて『西陽楼』に向かった。玉蘭はそこの起居、実質的な『西陽楼』の家公の執務室、に秦氏を招きいれ、家生の一人に茶の用意をさせると、しばらくは誰も取り次がないよう命じた。玉蘭と秦氏は卓子につくと悪戯っぽい笑みを交わし、玉蘭は茶杯を掲げた。

「あいにくお酒は出せないけど、秦氏、冢宰府侍郎就任おめでとう」
「麦氏、いやね、正式にはまだよ。それは明後日のお楽しみ」
「良いじゃないの、しばらくばたばたしていたから、お祝いを言いに行けないでごめんなさい」
「いいのよ、今日も上の二人が雲隠れしてるように、秘密は秘密だから。どうしても洩れてしまうけど。でも、それだけのために呼んだんじゃないでしょ?お茶ということは仕事でしょ?」
「うん、上ではちょっと話しにくくて。さっきも台輔がいらしたので打ち切りになったわ。生臭い話なの」
「私が聞いた方がいい話なの?」
「冢宰府の実質三席で、氾王の懐刀とも言われる秦氏に通さないで何も進まないでしょう?」
「そういう麦氏だって薫彩宮の女官の首根っこ押さえているじゃない。台輔くらいでしょ、女性で麦氏が怖くないの」
「それは朱楓さんの誤りでしょう?私は虎の威を借りる狐のようなものよ。でも、その分耳が速いわ。柳からの情報よ。もちろん戴や雁についてだけど、状況が悪くなっているわ。戴が斃れて一月だけど、妖魔がかなり出ているみたい。それも玉に関りのある文州の琳宇よ。南の垂州の辺りは前から噂があったけど、琳宇がやられると玉が来なくなるわ。それに玉泉も昨年くらいから痩せてきていて、今年になってガクンと来たそうよ。つまり、送られてくる玉の質も量も悪くなる。だから使い物になる玉の供給はいつ止まってもおかしくない状況みたいね」
「だから玉の在庫を訊いたのね。あれから調べたけど、今年になってから紫陽に届いた玉は確かに質が悪くなっていた。量的にはさほど減ってはいなかったけどね。良質で冬官府に収められた玉は需要にも寄るけど、おおよそ一年分。市中に出回りそうな玉は匠が減っているとはいえ、精々半年から八ヶ月、年内一杯もてばいいほうね」
「秋分まで今のような玉が入ってきたとしたら?」
「それでも冬官府で半年分になるのかしら?質の悪いものまで入れてそれくらい。市中の方は来夏が限度ね」
「それも需要があれば、なのよね?去年は雁の荒民が殆んどでていないから、慶の上元もケッコウ派手になったらしい。隣の輸出卸からも相当量が出たけど、来年はこの需要が見込めそうもないわ。どうも雁の天候が悪化してるみたいなの。慶、巧、柳、奏、もしかすると恭にまでかなりの数が流れ込むかもしれない。そうなると、どこの国も宝飾品には手を出さない。つまり、範の内需に頼らざるを得ないけど、範も才の荒民を抱えて大変でしょ?これをどうにかしないと…」
「才に奏との関係改善をさせよ、ということ?」
「ええ、おそらく金波宮からも似たような働きかけが行っているはずよ」
「先々を考えているのね」
「官とは最悪の事態を常に想定し、それへの対処法を腹案として持っているものでしょう?当然のことじゃないかしら?」
「その最悪というのがどういうものか考えるのが厭になりそうね」
「私の父は以前奏の遣士をしていて、あの災厄に立ち会って、賊を誅したのも父だったらしい。詳しいことは教えてくれないけど、あの大国だった奏でさえある日突然斃れてしまったのだから、その日に備えておかないのは官として失格だと思うの。戴が斃れたのだって予兆はあったけど、あんな風になるなんて誰も思わなかったし…」
「あんな風?」
「あ、秦氏には言っていなかったんだっけ。詳細は氾王君自身が聞きに来たし、その後ばたばたしてたから… 聞く?」
「…物凄く酷い話だって噂にはなっているけど… 聞いたら後悔するかしら?」
「私は知らないでいたら後悔すると思うわ。何れ範を背負って立つ気があるなら聞かないとダメね」
「わかった。聞くわ」
「じゃあ言うわね。その事件は白圭宮で催された上元の式典で起きたの。目撃したのは戴の遣士代行で今度遣士になる翠蘭よ。翠蘭の言によると、泰台輔が急に苦しみだしたと思ったらその足元から泰台輔の使令が突然現れたの。泰台輔の命に反してね。泰王君の御前だから帯刀してるのは大僕の虎嘯さん、慶の冢宰の夕暉さんの実のお兄さんだけど、この人だけなの。様子がおかしいというので虎嘯さんが大刀を手に泰王君や泰台輔の前に出て使令と対峙したけど、その場から逃がすのが精一杯。翠蘭は冬器を求めて外殿を飛び出し、衛兵に応援を要請しつつ、槍を手に戻ったら外殿は血の海で、使令は泰王君や泰台輔を追っていて、翠蘭も追いかけたけど、間に合わなかったそうよ。泰王君は即位前に右腕を失っているけど、左腕を飛ばされ、左肩から腰にかけて袈裟懸けでばっさり。翠蘭が駆けつけた時は虫の息で、すぐに息を引き取ったらしい。泰台輔の方は悲惨で、使令に喰われたらしいの。泰王君以下、冢宰、三公、八侯、六官長、王師州師三将軍など、五十名が死んだり、重傷を負ったりしたらしい。六官府の次官級で唯一生き残った小司馬の翔雲と言う人が事後処理に当たり、この人が仮朝の長になったそうよ」
「…泰台輔は使令に喰われたの?」
「翠蘭はそれを見たらしいけど、他は誰もそれを見ていないの。だから、泰台輔は行方不明扱いらしいわ」
「でもどうして泰台輔の使令が背いて白圭宮の首脳をほぼ皆殺しにしたというの?」
「一応は蓬莱で受けた『げんばく』の毒素のせいで使令が泰台輔は死んで契約は満了したと思い込み、泰台輔の遺骸を喰らおうとし、それを邪魔したものを蹴散らしただけだ、との見方をしているわ。それが正しいかどうかの検証は不可能だけど」
「泰台輔の使令といえばとてつもなく恐ろしいものだと噂では聞いていたけど…」
「そう、だから、いまだに泰王君の仇は討てずにいるみたい。おそらくは黄海に逃げおおせているんでしょうけど」
「……」
「大丈夫?顔が青いわよ」
「…大丈夫じゃないわ。これって薫彩宮では主上しか知らないの?」
「私たちは氾王君以外には洩らしていないわ。秦氏、あなたが最初で多分最後ね。台輔の耳には絶対入れられないし」
「私も麦氏から言われなければ性質の悪すぎる冗談だと思おうとしたでしょうね。麦氏は初めて聞いたとき平気だったの?」
「朱楓さんが大慌てで帰って来た時に第一報を聞かされたけど、ほとんど呆然としたわ。詳細はその二日後に来たけど、その時は心構えができてたから我慢できたけど、それでもかなり堪えたわ。氾王君も隣にいるから平然とした顔はしてたけど、そうでなければ今の秦氏よりも酷い顔をしていたでしょうね。普通ではありえない話だもの」
「…それを聞いて安心したわ。あまりにも淡々と話すものだから、麦氏との付き合いを考え直そうかと思ったわ」
「…それ酷くない?」
「こういう話を聞いて平然としてる人、信用できる?私は無理よ。だから麦氏が普通でよかったわ」
「そうね、頭がどうかしていなければ平然とはしていられないでしょうね。でも、無理して繕っている人もいるわよ」
「そうなの?」
「少なくとも朱楓さんはそうだったし、私もそうだわ。もしかすると氾王君もそうかもしれないわね」
「他人に弱味を見せられない立場に立つと大変ね」
「他人事じゃないでしょ?秦氏だってお仲間入りじゃない?」
「ああ、考えると頭痛がしてきちゃうわ。私にできるかしら?」
「大丈夫じゃないの?今だって普通に話ができているし」
「話ができるのと頭が働いているのは違うでしょ?もぉ… お茶ちょうだい」
「はい」

秦氏と玉蘭は一服することにした。覚悟していたとはいえ、秦氏にとってはあまりにも衝撃的な内容だった。秦氏は気持ちを落ち着け、頭に浮かんだ血生臭い映像を追い出し、別のことを考えようとして、ポツリと言葉が洩れた。

「蓬莱ってそんなに酷いところなのかしら?」
「え?」
「あ、いえ、蓬莱で奇禍に遭ったせいで雁も戴も斃れたわけじゃない。そのせいで各国も大きな負担を強いられているし、特に範は大きな影響を受けているでしょ?もし、延台輔と泰台輔が蓬莱に行っていなかったら、なんて思ってしまうの。もちろん、延台輔が蓬莱から持ち帰る『かたろぐ』で新製品が生まれていたのも間違いないし、罰当たりだとはわかっているわ。でも、もしかして、と思ってしまうの。あるいはそこまで忌避されないといけない場所なのかなって」
「…それはここだけの話にしましょう」

秦氏は玉蘭の硬い応えにハッとした。蓬莱云々は確か宗王が践祚した時に碧霞玄君から諭されたことではなかったか?もし、それに反することを口にしたら… 秦氏は顔から血の気が引いてしまった。玉蘭は苦笑した。

「ああ、そんな顔しないで。その手の話は私たちの間では良くあるの。でも、それ以外では決してしないわ。下手に誰かの耳に入ったらいらぬ誤解を生むでしょう?ここでだったら大丈夫って意味だったのよ」
「で、でも…」
「大丈夫よ。誰とは言えないけど、もっと凄いことを言う人もいるから」
「そ、そうなの?」
「いろんなことを考えるから突拍子もないことも口にする人もいるわ。そういうこともありうるってね。そういう可能性をすべて論って、最終的にもっともらしい可能性に行き着くの。さっきの『げんばく』も多分そう」
「なんか物凄いいい方していない?」
「その場にいたら呆れ返るかもしれないわよ。そういうことを真面目に議論してるんですから。私も他人のことは言えないけど」
「…麦氏もそういうことするの?」
「私は専ら突拍子もない説をつぶす方ね。ああいう発想はできそうにないわね。でもそういう人がいないと困るの。すぐに頭がかちこちに固まってしまうのよ。私よりも秦氏の方が向いているかもしれないわね。発想が柔軟ですもの」
「ええっ?私が?そんなことないでしょう?」
「着実さと論理の飛躍が同居していないと偉くなれないわ。まぁ、この話はこれくらいにしましょう。少しは落ち着いた?」
「別な意味で興奮しちゃったみたい。でもどうにかなると思うわ」
「じゃあ、話を戻すわね。玉のことはわかったから、才の荒民のことね。ケッコウ流れ込んでいるでしょう?」
「そうね。南部諸州に五十万人は流れ込んでいるわね。これが重荷になっているのは間違いないわ」
「荒民の戸籍は完備しているの?」
「一応才戸があるわ。でもどうも漏れがあるみたいなの」
「ふ~~ん…」

それから一刻半ほども秦氏と玉蘭はあれこれ検討を続けた。一段落して軽く夕餉を摂った。心地よい疲労を感じていた。けれども暗い影が忍び寄っていたのだった。






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最終更新日  2006年04月15日 12時45分32秒
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