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2006年04月17日
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「優雅な舞(その15)」

戴が斃れておよそ三ヶ月、四月中旬には陽も大分長くなる。今年の上元以降、景王の第二の執務室と化した蘭邸の花庁には夕刻が近くなると一人蚊帳の外である景麒を除く金波宮の首脳が三々五々集まる。ここで討議された内容は翌日から数日内の朝議で上奏文にまとめられて発表される。ある意味朝議のための根回しのようなもので、形式的かもしれないが、すべては朝議を通して決められており、官を蔑ろにはしていないと、官たちにわからせるためである。二度手間かもしれないが手続きとして必要なのだ。が、実質的にはすべて蘭邸の花庁で討議された通りに決まっている。この日も軽い点心と茶が用意された。満腹でも空腹でも良くないからと、いつの間にかこのように定められた。茶で咽喉を少し潤してから景王が口を開いた。

「今日、氾王から親書が届いた。二月末に蝕に襲われ沈没したと思われた範への玉を積んだ三隻の船のうち、一隻が呉渡に漂着した。帆柱は折れ、櫓も舵も壊れており、乗員は残念なことをしたが、積荷は舜の船に頼んで範に届けてもらった。その礼として気持ちばかりのものを送ってくれるという。それへの返書を書かねばならないのだが、髪按、手本を書いてくれないか?氾王に相応しい文というとどうも苦手で」
「私でよろしければ。で、どのようなお返事を?」
「うむ、うちもそうだが、範も荒民を抱えて大変だろうと思うので礼には及ばないと。何か貰っても荒民のために使ってしまうからな。もしどうしてもというのなら駿王のほうに送ってもらいたいと」
「それはいささか拙くありませんか?贈り物を換金してしまうなど失礼に当たります。礼なら駿王君にして欲しいので、当方ではお気持ちだけ頂くなどとしたほうが?」
「ああ、その辺りのことを上手くやってくれないか?言い回しにしろ、駆け引きにしろ、どうもよくわからない。向うからの文面と齟齬があるといけないから、これを渡しておく」
「私が見てもよろしいので?」
「髪按なら大丈夫だろう?別にどうって内容でもないし、読み違いしてるかもしれないからな。二三日中にやってくれればいいから。庸賢、相応しい紙とか用意してくれ、少し多めに」
「少し多めですか?」
「…かなり多めでも良い。あとで髪按と相談して決めてくれ。で、後日呉渡にそのことも含めて行って来ようと思う。髪按、供ができるようなら頼む」
「かしこまりました」
「緋媛、雁や戴について何か報告は?」
「はい。雪融けの頃の長雨で漉水などの堤が決壊し、田圃が水没しましたが、その後天候が安定したのに加え、二月末に蝕の被害を受けた民をこれらの地に向かわせ、堤の補修や耕作に当たらせているもようです。このため、三月からの荒民の流出はかなり抑えられているようです。妖魔については高岫の街道筋の被害が目立ってきています。先月巌頭で大規模な襲撃があり、かなりの犠牲が出ていますが、今月に入ってから北路でも同様のことがおきています。今のところは青海沿岸、黒海沿岸とも比較的平穏で、航路も確保されています。一方戴の方ですが、妖魔は垂州と文州が顕著です。泰王崩御以前から雁との中間にある岩礁に妖魔が出ていましたが、垂州は沿岸部から妖魔による被害も続出しています。文州のほうは玉泉絡みですが、王師や州師が出動し、今のところは被害は出ていないようです。が、玉泉は芳しくありません。湧水量が極端に減っており、玉の採掘はかなり厳しくなっているもようです。このままでは秋までもたないかもしれません」
「…朱楓からは何か言って来ているか?」
「南部諸州がきな臭くなってきているようです。荒民には才への帰還を求めているようですが、はかばかしくないようです。紫陽周辺で職にあぶれたものたちが徒党を組んで荒民を襲撃する騒ぎも数件起きており、対処に苦慮しているようです」
「…琉毅のほうは?」
「長閑宮には奏との関係改善、範からの荒民の引き上げなどを検討するよう働きかけているようですが、思わしくありません。範で荒民が襲撃されている旨を伝えても具体的に動く素振りが全くなく、民を見殺しにしているようなものですね」
「…趙駱からは?」
「宗王君が長閑宮に特使を送り、協議を持ちかけたのですが、門前払いだったそうです。これまで妖魔の跋扈していた西部も高岫周辺まで安全が確保されたようで、ここに才の荒民を受け入れることも可能になったそうなのですが、ママなりません」
「蘭桂、才に手を打つとしたらどうする?」
「今は難しいと思います。我々が範が危ないから奏と仲良くしろと言っても、実際に範が斃れ、荒民が逆流しない限り、何一つしようとしないでしょう。範は治世五百年の国ですからね。斃れるはずがないと思い込んでいるのでしょう。むしろ、範が危ないと言っている我々のことを胡散臭く感じていると思います。才が動けは範も楽になるんですが、そのことがどうしても理解できないのでしょう。宗王君の特使を門前払いにするくらいですから、程々にしないと琉毅も揖寧から追い出されかねませんね。氾王君からの親書なら多少は動くかもしれませんが、これも望み薄ですね」
「氾王に才へ頭を下げろということか?そのようなことは示唆しているよな?緋媛、どうだ?」
「朱楓のほうからそのように働きかけて、冢宰府からは長閑宮に要請が出たようですが黙殺されています。ない袖は振れないと言うことです。およそ五十万人の荒民が範に流れ込んでいますが、これを収容する場所がないとか。無論、奏に頼ることは念頭にないようですが」
「となると、氾王の直截な親書でないと動かないか… まさか才が動かなければ斃れるぞとは書けぬな。私だって厭だ。実際、それくらいのことを書いて動いて貰えなかったら堪らないからな。世を儚みかねないな」
「ですから、それくらいの親書でないと才も動かないでしょう。従って、我々は座して見守るだけかと」
「範が危機を回避するのをか?斃れるのに手を拱いていろと言うのか?」
「御意」
「…蘭桂の言うとおりかもな。範は慶から最も遠い国の一つで、何かをしてあげるのが最も難しいところだろう。これでもできる限りのことはした。範が斃れないように情報を集め、対策を検討したが、ものごとは思うようには動かぬな。我らの言う通りにしろというのは明らかな内政干渉になる。的確な情報を提供し、対応を示唆する以上のことはできない。止むを得ないことかもしれないが、悔しいな」
「御意」
「余程のことがない限り範が斃れずにすむことはないのなら、その後について検討しないといけないだろうな。影響を受けるのは才と恭か?」
「範の斃れ方で相当に違ってきます。範の民の心の荒み様に氾王君がどのように対処するかで決まると思いますが、氾王君がどうなさるのかが予測しにくいので…」
「光月はどう思う?」
「蘭桂さんと同じです。民のために尽力するか、あっさり放り投げるか… それがどういう結果になるかもわかりません」
「緋媛は?」
「民の不満がどこにどのように向かうのかがハッキリしません。今のところは才の荒民に向かっているようですが、まだ散発で、本格的なものになってはいないようです。民の不満をどうにかする術があるのなら、案外延命するかもしれません。民の不満が薫彩宮に向かった場合、朱楓や玉蘭なども危険になることもありえます。何せ『西陽楼』で女官養成をしていますので、実際には無関係ですが、癒着があると見做されかねません」
「朱楓たちはそのことは?」
「重々承知していると思います。が、万一の際に逃げ遅れることもありえますので」
「その辺りは十分注意するように伝えておいてくれ」
「はい」
「とにかく民の不満が暴発し、暴徒化した場合だな。これを王師などで蹴散らしたら民を迫害したことになるのかな?王師が姿を見せただけで大人しくなればいいが、却って火に油を注ぐようなこともあるし… そうさせないのが一番か。あるいはなすがままにするか…」
「不満から生じた怒りが鎮まるのをじっと待つのですか?」
「ああ、でも、怒りの矛先を向けられるものを見殺しにすることになるか。ではダメだな。ありえなさそうなことだが、暴徒の前に身を投げ出し、好きにしろというものありかな?」
「…あの御仁ならありえそうですが、そのようなことはお考えになりませんように」
「夕暉、私がそんなことをするとでも思ったのか?ああ、でもそういうことになったらするような…」
「おやめください。そのようなことは命に換えても諌止させていただきます」
「だから、氾王ならやりそうなことだろうってだけだ。私がそういうことにならないように皆が努力してくれているのもわかっている。そのようなことになるくらいなら皆が命を投げ出しそうなのが、私は厭なのだ。少なくとも私は皆で生き延びることしか考えない。私のために誰かが命を投げ出すくらいなら、私の命をくれてやろう。それくらいのことはしてもらっている。第一、王様というのはいざという時に皆のために犠牲になるから普段贅沢な暮らしができる、という説が蓬莱にもある。それに皆には次の王が自分で立てるまで支えるという任務もある。こればかりは私にはできないからな」
「…戯言はおやめください。言霊が現実になっては困りますから。そのような話をするために参集したのではありません」
「…すまん。どうしようもない、というのが我慢できずに、口にすべきでないことを言ってしまった。少し頭を冷やしてくる」

景王はそう言うと席を立って蘭邸の庭院に出た。空を見上げると少し欠けた月が見下ろしていた。何を焦っていたのだろう?雁や戴に続いて範もまた斃れてしまうのを食い止めたいと思ったが、所詮は思い上がりだったのかもしれない。自分にできることなど高が知れている。遣士を各国に派遣することで何でも出来るような気になっていたのだろうか。自分の国の民をまず幸せにしなくてはいけない。それが適ったら、その余技として他の国について考えることもできよう。遣士を派遣したのはあくまでも慶の民が幸せになるためだったはずだ。他の国の民はその国の王に託すしかない。その当たり前のことを自分は忘れてはいなかったか?景王は空を見上げながら苦い思いを噛みしめていた。やがて瞑目し、再び眼を開いた時には気持ちを切り替えていた。そして花庁に戻った。

「すまなかった。話を戻させてもらう。範が斃れた後についてはいろいろな場合分けがあると思うが、その何れにも対処できるように検討してもらっているので、この場ではいちいち確認しない、と言うことでいいのか?」
「すべての場合についての対処を網羅しているとはいえませんが、ある程度までは」
「それでよい。大まかな対処が決まっており、関係する遣士らに伝わっており、万が一の場合でも被害を最少にすべく、検討してあれば十分だ。あまり細かに検討しても実際には想定もしていないようなことも起きる。臨機応変にできればいい。各人が最善を尽くしてもらいたい」
「はい」
「他に今宵早急に検討すべきことはあるか?」
「いえ、ございません」
「わかった。ご苦労だった。私は先に失礼する。ああ、髪按、急がなくて良いからな。呉渡に行く日程は蘭桂と決めてくれ」
「はい」

景王は髪按の応えに頷いてから席を立った。官府にまだやるべきことが残っているものは急いで戻っていく。残ったのは蘭桂と髪按の夫婦である。

「相当忸怩たるものがあったようですわね」
「頼みとしていた国が斃れるのに、手を拱いて見ていないといけないんだ。あの程度で収まってくれてよかった。いや、あの程度で収まってしまうのが凄いのだろうな。ちょっと席を外しただけで何もなかったように振舞えるとは… 怖いな」
「ある日突然、ぽきりと折れてしまいそうで?」
「ああ、でもそういう心配もさせてくれそうにないな、あの人は」

蘭桂は景王が去っていった方を見詰めた。髪按は軽く頷くと、良人と同じ方を見詰めた。そこにその人の姿が見えたかのように。






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最終更新日  2006年04月17日 12時27分44秒
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