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カテゴリ:想像の小箱(「十二」?)
「翼の翻る時(その3)」
柳国首都芝草・芬華宮。二月八日に路木へ新しい草木を願った劉王・頑丘は二日ほど休みを取った。黄海に行っているときを除き、毎月八日には必ず路木に願う替わり、その翌日から二日間は劉王の休息の為、朝議が休みになると取り決めがされているのだ。劉王はかつて黄朱の民であったからか、携帯に便利でなおかつ腹持ちが良く、栄養価もある『無窮果』の生る樹を授かっている。この樹は里木や野木と形が似ており、高さは一丈から一丈半くらいで、三歩から五歩くらいの枝が横に網の目のように伸び、春先にはその枝のあちこちから房のように垂れ下がった薄紫色の小さな花が一房につき二十から三十くらい咲くのである。秋になるとその花の一つ一つのところに直径が一寸くらいの少し平たい丸い実がなる。この実を二個ほど一升の水に浸けておくと、半刻くらいで一つ当たりが一升くらいの大きさに膨らむのだ。これ一つで正丁の一食分に当たる栄養価があり、腹持ちも悪くない。水がないときでも薄く削ったものを一つ分噛んでいるうちにお腹が一杯になったりする。味は多少甘みがある程度で、美味いものではない。が、陽射しがありさえすれば地味がどんなに悪くてもたわわに実をつけるし、この実を田圃に梳き込むことで地味が増したりもするので、万が一の時の保存用として廬毎に一本はこの木が植えられていたりする。隣国雁が斃れて、荒民が柳に流れ込んできてからはこの『無窮果』が生る苗を路木に願ったりしているのだが、なかなかうまく行かない。新たな樹では収獲が得られるまで数年を要すので、春に植えれば秋に実るようなものができないかと願っているわけだが、既に樹があるから願いが叶わないのかもしれない。路木に願うのは王だけであり、願う際に相当の気力を要するので、路木に願った後はしばらく休みを貰うことになっている。二月には春分があり、春の除目やら新規任官者の謁見などの行事もあるが、大まかなことは官がすべてやってくれるので、劉王は当日玉座に座っていればいいくらいになっている。そこで、劉王は冢宰の悌薛に頼み込んで、隣国恭に行くことにした。恭の供王珠晶はその昇山に付き合ってからの縁だが、ここ数年は会っていないのでたまにはいいだろう、とごねたのだ。ここの所ずっと黄海に行くことも出来ていなかったのでイライラも積もっていることだろうと察した悌薛は了承した。もちろん、春分には必ず戻るのが条件である。頑丘はホクホク顔で大僕の猛徳と一緒に連檣へと出かけていった。連檣についた頑丘と猛徳は霜風宮を訪ねた。もともと贅沢が好きではない頑丘は微行だからと掌客殿を断り、愛騎の駮とともに厩に泊り込む始末であった。 「頑丘、あなたここに何しに来たの?芬華宮ではやらせてもらえないからここにきたって言うんじゃないでしょうね?」 「そういうわけではないさ。でも、こっちなら誰も文句言わないのは確かだな。今度からはこっちに逃げてこようかな?」 「何言ってるのよ。文句を言わないのは私が言わないように命じているからよ。私のところには苦情が物凄いんだから。今回は大目に見るけど、次は知らないわよ」 「珠晶だって騎商になりたいって言っていただろう?こういうことは嫌いじゃないのに?」 「そりゃ、騎商になっていたらそうするわよ。でも、今はこの国の王なのよ。私の気紛れでそんなことをしたらどうなるのと思うの?これを仕事としている人が職を失うの。そういうことをしていいとは思わないわ」 「そういうものか?俺はこういうことをしていないとダメだから大目に見てもらっているぞ。昔の仲間も呼んだりしているし。王宮なんか俺には向かない場所だな」 「その割にはもう二百年近くいるんじゃない?」 「仕方ないだろう。賭けに負けたんだから」 「賭けって言うより、かくれんぼしていただけでしょ?しかも金波宮だなんて、王を隠すには王のそばってことなの?」 「まぁ、その辺りは楽俊に相談したんだけどな」 「そういえば、楽俊には最近会っている?彼もとんとご無沙汰なのよね」 「俺も会っていないな。用事は大概智照から聞くし。最近はごたごたしてるしな」 「今わざと誤魔化したでしょ?」 「誤魔化しって何だ?」 「黄海に行けば帰りには必ず令巽門から出るから会えるってこと。最近黄海に行っていないからってことなんでしょ?」 「ああ、そういえばそうだな」 「だから、それが誤魔化しってこと。この時期に連檣に来たのは令乾門に行く気だからじゃないの?」 「え?何でだ?この時期に入ったら夏至まで出られないぞ」 「そのつもりの癖に。まぁ、このことは芬華宮には言わないで置いてあげるわ。何か聞かれたらそっちに帰ったと応えるわね」 「…ところで範の影響は出ていないのか?」 「そうね、今のところはないわ。長閑宮が日和見したせいで斃れたようなものだから南の方が酷い有様みたいね。その分、北の方は平穏。恭に逃げてくる荒民は今のところは殆んどないわ。それよりもそっちの雁の影響の方が大きいんじゃない?」 「確かに雁が斃れてもう二年ちょっとになるが、当初危惧したほどには荒民も流れ込んできてはいない。去年戴が斃れるまでは高岫付近の妖魔も殆んどでていなかった。去年は荒民も増えたが、それでも十万人まで行っていない。智照の話によると、柳よりも慶や巧に流れているようだな。恭にも黒海を渡って流れ込んでいるんだろう?」 「黒海沿岸の辺りに一二万人くらいかしら?こちらには船でしかこれないし、船で逃げるなら巧じゃない?こっちに来た中には範を目指していたのもいたようだけど、結局は諦めたようね」 「範が斃れて三月か… 荒民への備えとかは大丈夫か?」 「雁の時に大騒ぎしたから、それを廻せそうね。でも精々十万人規模くらいね。あとは妖魔の撃退法を学んでもらうくらいね。柳の方は十万人も抱えていて大丈夫なの?」 「大丈夫だとはいえないが、今のところはこれのお蔭でどうにか凌いでいる」 「これって、豆?」 「無窮果だ。これ一つで漢の一食分になる。腹持ちも悪くないからな」 「へぇ… こんなのが」 珠晶は頑丘から手渡された無窮果を手に持ち、眺めていたが、それを口に持っていき、齧ろうとしたが失敗した。 「何これ、凄く硬いじゃない」 「普通は水に浸して膨らませてから食べるんだ。水がないときは薄く削って齧る。ほれ、貸してみろ」 珠晶から無窮果を受け取り、短刀を取り出して薄く削ったものを珠晶に渡し、自分も少し口にする。珠晶は少し眺めてから口に入れ、ゆっくり噛むと仄かに甘みを感じる。 「ふぅん、かすかに甘みを感じるだけで、何か淡白な味ね」 「そりゃそうだ。食い物がない時に食うものだからな。他に喰うものがあるときはまず喰わないな」 「これって調理の仕方で美味しく食べられないのかしら?」 「そこまで考えたことはないな。他にも材料があるならわざわざこれを食べることはないだろう?」 「そういうときしか食べないなら勿体無くないの?」 「地味の悪い田圃に漉き込んだり、家禽の餌にしたりする。つまり、民はよほど窮しない限りは食わない代物だ。逆に窮した時でもこれさえあればどうにか凌げるというものだな。味気ないけど食べられない代物じゃない」 「家禽の餌を食わされると思うとやりきれなくならないかしら?」 「常日頃から贅沢に慣れている奴らはそうだろうな。けど、普段からこれしか食えない連中だっているんだ。もっと酷いのはこれすらも喰えないで餓えて死ぬ。何も土くれを喰えと言っている訳ではない。厭なら我慢すればいい」 「ああ、そうだったわね。黄海だったらこれでもご馳走かもしれない。ついつい忘れてしまうのね」 「俺は忘れたくない。だから時には黄海に行って昔を思い出したいだけなんだ。それすらも適わない時はこれを喰う。これが贅沢に感じるくらいのひもじさだって何度もあった。だから、路木に願う前後は大概これだな」 「これが贅沢だと感じないですむようなものをお願いするわけ?」 「そうなりたいなって願うだけだ。贅沢ばかりしていると願う必要すら感じなくなる。実際ずっとそうだった気がする。雁の荒民たちのためにこれがもっと生る苗を願おうとしたけど、うまく行かなかった。どうも上手く思い描けなかった。多分、これを見向きもせずに畦にうち捨てるような状態なのに今更って気持ちがあったのかもしれない」 「だから、黄海に行ってキチンとしてこようというわけ?」 「別にそんなことは言っていない」 「だから、芬華宮には何も言わないわよ。どっちにしろ智照が気がつくでしょうし、劉麟だって嗅ぎつけるでしょう?うちは芬華宮から問い合わせがきたら『予定通りに帰った』と応えるだけよ。それとも、もう帰ってこないつもりなの?」 「……」 「…嘘がつけない人ね。雁が斃れ、戴が斃れ、範が斃れ、麒麟が使令に喰われるさまを想像してしまったとでも言うの?自分のせいで麒麟が食われたりするのが厭だから先に放り投げようとでも言うの?そんなことが許されるとでも思っているの?」 「…そんなことは思っちゃいない」 「でも、蓬山に行くんでしょう?碧霞玄君に会ってどうにかならないかって談判するつもりなんでしょう?」 「……」 「無駄だから辞めておきなさい。麒麟が失道もしていないのに禅譲するのって、王が自ら命を断とうとするのと同じでしょ?天綱に反することをして麒麟が無事に済むとでも思っているの?道連れにするだけじゃない」 「だから、そんなことは考えちゃいない。ただ、どうしてこんなに相次いで王が斃れるんだ?不思議だとは思わないか?」 「百年ほど前にもあったじゃない。奏が斃れて、引き摺られるように巧、才、舜、漣と斃れたでしょ?今度も似たようなものよ。雁が斃れたのと同じ原因で戴が斃れ、逸れに引き摺られて範が斃れた。それだけのことよ」 「…これで終わりだと思うか?」 「…頑丘はこれで終わりだと思わないの?終わりでなかったらどこが斃れると思っているの?恭?柳?芳?漣?奏?慶?一番危ないのは恭か柳ね。それくらいのことはわかっているわ。そのために備えをするんじゃなくて?違うの?」 「違わない。柳も荒民に備えている。が、それでいいのか?」 「それでよくないというの?じゃあ、どうするというの?荒民への備えもせずにボンヤリとすごせとでも言うの?恭の民が苦しまないように努力しないで斃れてしまえとでも言うの?」 「…そういう意味じゃないんだが… 上手く言えない」 「もぉ!」 珠晶は大きく息を吐くと挑むような瞳で頑丘を見据えた。 「あんたは柳の民が苦しむのを見たいの?柳の民が苦しまないで済むようにするために黄海に行くんじゃないの?そうでないというなら今すぐ芬華宮に知らせを飛ばすわよ。王師の護衛をつけて高岫までおつれするわね」 「ちょ、ちょっと待てよ。何もそんなことは言っていない」 「あら、言っていないとでも言うの?柳の民のことを考えてもいないようなことばかり言うから言ってあげただけでしょ?しっかりしなさいよ。曲がりなりにも王様なんだからね」 「あ、ああ」 「猛徳、いるんでしょ?」 「あ、はい」 「この腑抜けを黄海で叩き直してきてちょうだい。できそうもないなら即座に芬華宮に強制送還よ」 「わ、わかりました」 急にお鉢の廻ってきた猛徳は逆らい様もなく、素直に返事をする。それを見て珠晶は溜め息をつく。 「頑丘、あなたと私は一緒に昇山した仲でしょ?変なことは考えないでね」 「わかった」 頑丘の応えは短かった。珠晶は仕方がないと首を振りながら去っていった。猛徳が頑丘に心配そうな声をかける。 「大丈夫なんですか?」 「大丈夫だろう?」 頑丘の応えに猛徳は肩を竦めるしかなかった。数日後、頑丘と猛徳は霜風宮を辞した。そして向かった先は… お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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