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カテゴリ:想像の小箱(「十二」?)
「沈黙の報酬(その1)」
春分を前に出奔した劉王・頑丘とその半身で頑丘を探しに行っていた劉麟が芬華宮に戻ったのは三月の上旬だった。首を長くして待っていた冢宰の悌薛は頑丘が『今年の春分とは言っていない』と嘯いたので眼を三角にして怒り狂った。頑丘としても理由にならない言い訳だとわかっていたようで、神妙な顔つきで叱られていた。あるいは悌薛に眼一杯叱られるために敢えてそのようなことを口走ったのかもしれない。傍で見ていた遣士の智照や梅香はそのように感じていたようだった。怒りのおさまらない悌薛は一通り文句を言った後で漸くといった感じで口にした。 「で、どこに行ってらしたんですか?黄海で狩りがしたかったわけではないでしょう?」 「ああ、狩りはしたかったが、その前に劉麟に見つかってしまっておじゃんだ。今頃狩りに勤しんでいる猛徳が羨ましい」 「主上、そういうことを仰りたいのですか?」 「他に何があるんだ?」 「では、狩りの場に台輔がいらしたと?」 「そうは言っていないだろう?狩りを始める前に見つけられてしまったと」 「では、台輔のお加減が悪いのはそのせいで?」 「もとは黄海の生まれ育ちなのに、成獣になるととたんに血の匂いがダメになるようだ。不便なものだよな」 「台輔をそのような場所に行かせるような原因を作られたのはどなたですか?」 「そりゃあ、劉麟を行かせた悌薛じゃないのか?」 「主上!」 「わかってるよ。俺が悪かったのだろう?俺がひょいと黄海に行かなければ劉麟も黄海に行くことはなかった。黄海に行かなければ劉麟の調子が悪くなることもなかった。すべての元凶は俺にあるんだろう?だから悪かったって」 「本気でそう思っていらっしゃるんですか?何か誤魔化していませんか?」 「誤魔化すって何をだ?」 「……」 頑丘が何かを隠しているのは確かだろう。が、この口の堅さは一体どうしたことだ?悌薛が言葉に詰まった時、下官が近づき、悌薛に何事か囁いた。悌薛は眉を顰めながら劉王に向かって拱手した。 「申し訳ございません。ご不在の間に滞っていた案件について書簡を持ってくるのを失念しておりました。急ぎ取りまとめてまいりますので、少々お待ちを」 「急がなくて良いからな。明日でも良いぞ」 頑丘の軽い応えに眉を吊り上げながらも悌薛は怒りをぐっと堪え、劉王の執務室から辞した。それを見て頑丘は苦笑する。 「やれやれ、もう少し気を楽にすればいいのに。智照、あれはどうだ?王の器に見えるか?」 「お戯れを。私でなければ戯言ではすみませんよ」 「別に戯言ではないが。そろそろ次を考えても良いかなと思い始めているところだ」 「…だから蓬山で碧霞玄君にお会いになってこられたと?」 「どうかな?いや、碧霞玄君に会うまでは考えてもいなかったな。次のことなどどうでもいいと思っていた」 「…劉麟が残ればそれでよいと?」 「相変わらず悌薛とは違って厳しいな。…ダメだと窘められたよ。劉麟も道連れになるだろうってね」 「麒麟が失道もしていないうちに禅譲をするのは王が自ら命を断つことに当たるというわけですか。ならば天綱に触れますね。かといってわざと麒麟を失道させるようなマネもできないので途方にくれましたか?」 「ああ、その通りだ。しかもその後劉麟にも威された」 「劉麟にですか?それは怖そうだ」 「冗談抜きでぞっとしたぞ。一人遺されたら次の王など選ばずに朽ちるといわれたんだからな。堪らないぞ」 「そりゃそうでしょうね。こんなムサイおっさんのことをそんなにまで想うなんて麒麟という生き物は度し難いですね」 「茶化すな、智照。そういうこととは無縁で生きてきた俺にどうしろというんだ?全面降伏しかないだろう?」 「まぁ、それはそうかもしれませんが、劉麟はどうしたんです?今の話ではあのようになるとは思えませんがね」 「……」 「劉麟とは和解したのでしょう?和解できて舞い上がりすぎてああなったわけじゃないんでしょう?何がありました?」 「…蓬廬宮の外、甫渡宮の辺りで妖魔に襲われた。とてつもなく大きな奴だ。後で聞いたら泰台輔を喰らった奴らしい」 「え?あの使令だった奴ですか?白圭宮で三十人以上も屠った奴でしょ?もしかして猛徳は?」 「奴は無事だ。俺の駮が劉麟を庇って死んだくらいで、他は被害はない」 「でも、どうやって切り抜けたんですか?」 「……」 「あなたがだんまりということは… 犬狼真君?」 「え?どうしてその名を?」 「なるほど、黄海の獣を統べる犬狼真君なら奴をしとめるのも可能でしょうね。ふぅん…」 「…カマをかけたな」 「そんなことはしていませんよ。でもそれ以上のことは口にしたくないようですね。仕方がないですね。梅香、猛徳を迎えに行ってくれ。出てくるのは令坤門で夏至になるだろうから、一度金波宮に報告し、劉麟から話を聞けるようになったら事情を聞き、それから向かっても十分間に合うよな?まだ二月もある」 「智照!」 「なんですか?詳しいことを言って頂けるならばその方が私としても嬉しいのですが?」 「う…」 「ああ、楽俊さんのところによってイロイロ聞いてくるのもありだな。二月の間にイロイロやってくれ」 「はい」 涼やかに返事をする梅香を頑丘は少し恨めしそうに見たが、梅香のほうは気付かない振りをした。 * * * * 二日後、梅香は金波宮を訪れていた。かつて頑丘が劉麟から逃れるために金波宮に匿われていた頃親しかった蘭桂もいる。智照にそう耳打ちされていた梅香は蘭邸で劉王出奔(?)の顛末について話した。 「詳細については当の劉王君が口を閉ざし、一緒に戻られた劉台輔のお加減が思わしくなくて話が伺えないために不明ですが、蓬山にて泰王君や泰台輔を害した泰台輔のもと使令の妖魔と遭遇したもようです。劉王君の愛騎の駮が犠牲になっただけで、人的被害はなかったようですが、難を避けられたのはどうやら犬狼真君が関っているからだと思われます。したがって、まだ黄海から戻っていない大僕の猛徳さんから詳細を伺うつもりです。また、この後傲霜に赴き、楽俊さんと会ってきます。供王君の昇山の際に劉王君が剛氏として加わっており、その際に何かがあったと思うのですが、このことについて楽俊さんが何か聞いているかもしれないので、ということです。また、劉王君が践祚前に金波宮に隠れていた時のことなども」 「ああ、奴が仕留められたのか?それは良かった。が、犬狼真君がなぜそこで出てくるのだ?蘭桂、何か聞いているか?」 「そういえば、頑丘さんの駮は物凄い長命だと聞いています。あの当時でさえ百歳を越えるようなものでしたが、もしあの駮なら今では三百歳になっているんじゃないですかね?それでどうしてそんなに長命なのかを頑丘さんに訊ねたら、めったに会えないお方に会って、そのお方の名前をその駮につけさせてもらったせいじゃないかと冗談交じりで言っていました。その名前については畏れ多くてめったなことじゃ言えないとまで言っていましたから、犬狼真君から名を貰ったのかも」 「犬狼真君から名を貰った駮?う~~ん、そういうことなら私もその駮に乗ってみたかったな」 「それは畏れ多いことになりませんか?」 「劉王も乗っていたんだろう?ならば大丈夫じゃないか?名前を呼ぶのは確かに畏れ多いかも知れぬが」 「もしかして奴に襲われた時にその名を呼んだりしたんでしょうか?」 「…ありえそうだな。そうだとしたらその名を聞いたものには口止めをした方が良いと思うが…」 「あるいはそのことに気付いていないかもしれませんので、下手に口止めしないほうが言いかもしれませんね」 「そうじゃの、洩れて拙いものならばそれなりの処断をするじゃろうて」 「遠甫、それなりの処断とは?」 「犬狼真君は黄海の獣を統べるものですからの。いざとなれば永遠に口封じなど容易いこと」 「何もそこまで…」 「いえ、名前は呪の一種で、下手に知られてしまうと悪用される惧れがありますからの。まぁ、真名でなければ問題ありますまいが」 「そういうものなのか?私などは平気で名を名乗っているが、危ういことなのか?」 「こちらでは通常は字で呼び合うというのはそういうこともあるからですからの。そのようなものに縛られぬ心をお持ちなら問題あるまいて。じゃが、信用の置けないものには安易に名は洩らされませんように」 「あ、ああ、以後は気をつける。が、もう手遅れのような気もするな。私の名を知らぬ方が少ない気がする」 「いやいや、金波宮にいるものは別にすればさほど多くはないものですぞ。大概は景王君で済まされますからの」 「私はそれが厭なのだが…」 「だから金波宮の面々は苦労しておりますでな。景王君とか主上とか使われるのを嫌がられますからの。とはいえ名は呼びにくい。だからついつい『あの人』などと呼んだりする始末。赤子も馴染まないとかで?」 「まるで赤ん坊だといわれているようなものだろう?あるいは赤毛だって言うだけのことじゃないか」 「高台輔の字は確か緋翠とか。緋色の髪に翠色の瞳という、どこぞの王と同じ姿をそのまま字になさるという高王君も洒落もので」 「…遠甫、何が言いたい?」 「いえ、何も。梅香に言付けとかは託しませんので?」 「…遠甫」 「これは口が過ぎましたかの。失礼をば」 「まぁ、よい。…梅香、智照は供王については何か言っていなかったか?」 「いえ、特には」 「供王の昇山には劉王だけでなく『彼』も関っている。下手につつくと…」 「…気をつけます」 「途中雁の様子とかはどうだった?」 「柳と雁の高岫付近の妖魔の数は春分を過ぎてやや減ったかもしれません。天候のほうは雪融けのころの長雨が影響してますが、漉水は堤の補強に成功して今年は決壊しないで済んだ模様です。今のところは昨年並みかと」 「ふぅむ、可もなく不可もなく、といったところか。麒麟旗が揚るまでにはあと五年はかかりそうだからな。厳しいな」 「戴の方は玉泉が涸れてしまい、妖魔も垂州や文州を中心に拡散中です。収獲がそう悪くないだけに逃げ出すほどではないようです。とはいえ、大きな港の付近が二箇所、妖魔に押えられているようなものなので、逃げ出すのも容易ではないようです」 「こちらも難儀だな。とはいえ、こちらからどうこうもできないし… 夕暉、戴からは荒民は殆んどないんだよな?」 「はい、垂州が妖魔に押えられている関係でこちらに逃れるのが容易ではないようです。こちらからも近づけませんので。今のところは戴からの荒民は殆んどいません。雁からは累計で十六万人ほどです。無理して巌頭を越えて来たものたちのうち、おおよそ千人ほどが建州で治療を受けていますが、半数は助からないようです。呉渡から麦州までの街道整備は順調で、輸送手段の確保もできています。したがって、奏の没庫開発に雁の荒民で参加を希望するものがいれば呉渡から送ることも可能です。そのように取り計らいましょうか?」 「もう準備万端なのだろう?他に支障がないのならば進めれば良い。当人が希望しないのに無理強いすることだけはないようにな」 「はい」 「梅香、楽俊にはくれぐれもよろしく伝えてくれ。それから私に秘密はなしだともな」 「はい」 梅香は景王の眼の底にあるものを察して思わず拱手した。翌日、梅香は傲霜に向かった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年05月01日 12時13分48秒
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