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カテゴリ:想像の小箱(「十二」?)
「沈黙の報酬(その3)」
黄海を囲む金剛山は艮、巽、坤、乾の四箇所で外界との扉となる四つの門を穿たれている。その一つ坤には令坤門がある。この門は年に一度夏至の日の午に開き、翌日の午に閉じる。州師が門を守り、門の上方には天伯がいて黄海から出ようとする妖魔を屠っているようだが、王が斃れるとなぜかこの門の周辺に妖魔が出没し、赤海と白海の境になる坤海門は危険で船での航行が難しくなっている。範が斃れてからは範と才の高岫付近に移ってしまったのか、徒歩で二日ほど離れた小さな港から恭への船が出ていたりする。梅香は夏至までの数日で揖寧の琉毅に挨拶をし、才の状況を聞いたうえで坤城付近の様子を調べていた。猛徳や剛氏たちは騎獣に乗って帰るだろうが、狩りが上手く行きすぎた場合には騎乗して帰るわけにも行かない。何分泰麒の使令に気死させられた駮の代わりも含めれば相当の数になるかも知れないと劉王・頑丘から言われていたのだ。氾麟が登霞したのは昨年の冬だったから、あと三四ヶ月は捨身木に氾果の生っているために蓬山への出入りが禁止されている。おそらくは今年の冬至に開く令艮門からはこの禁止が解かれ、四門にも活気が戻るだろうが、今は黄海への出入りも多くない。したがって、多くの騎獣を引き連れて令坤門から出てきた三人連れは目立っていた。柳の大僕・猛徳と二人の剛氏である。梅香はその姿に瞬時唖然としたが、ひとつ大きく呼吸をして声をかけた。 「猛徳さん、大猟ですね」 「ん?あれ?梅香?何でここに?」 「頑丘さんに言われてきました。獲物をとりすぎていたら船を用意してくれと。これでは少し大きめの船が必要ですね」 「いやぁ、大将のもそうだけど、俺たちの駮の替わりも捕まえたけど、かといって前のも捨てるわけにも行かなくてね。それに狩りがケッコウ上手くいったからこんな有様だ」 「あの元気のなさそうなのが?」 「ああ、あの三頭は可哀想なことをした。他のと一緒にすれば元気になると思ってね。だから駮は四頭だけ捕えて、吉量が六頭かな?一人頭二頭で、彼らの駮を引き取ってやるとしたら駮だけで五頭か?一人じゃ大変だって思ってたところだ」 「一人で二頭連れて行くだけでも大変でしょうに」 「一応乾城までは一緒に行くから、そこから先が心配だったんだ。彼らも駮には愛着があるだろうから手放さないかも知れないがね」 「それはどういうことなんですか?」 「う~~ん… それはここではな。今日は泊まりか?それとも船か?」 「ここから六十里のところに港がありますから、一応話はつけてあります。舎館の方がよろしいですか?」 「船の上なら聞かれる心配もないし… そのほうが良いかな」 「では、移動しましょうか?」 「ああ」 梅香と猛徳、そして二人の剛氏に連れられた騎獣たちは一刻ほどかけてゆっくりと港へと移動し、梅香の手配した船に乗り込んだ。全部で十四頭の騎獣が乗ることになったが、それでも余裕があった。金剛山が手が届きそうなところから出港した船は西に傾いた陽の光を横手から浴びるようにして白海を北上していった。大猟に喜び祝杯を挙げた二人の剛氏はやがて酔いつぶれた。二人が完全に寝てしまったのを確認してから猛徳が口を開いた。 「それにしても贅沢な船だな」 「少なくとも駮の代わりを含めて八頭にはなりますからね。少し余裕を見たんですが、もう少し多かったら危なかったです」 「まぁ、そんなに欲張って狩りをしたりはしないからな。今回は特別だろう。それに他に狩りをしてる奴もいなかったし」 「蓬山への出入りが禁止されていますからね」 「一応は剛氏連中はずっと蓬山への道沿いをあれこれ調べながら狩りをしているからな。とはいえ、続けざまに出入り禁止だからな。あと五年もすれば昇山が始まるだろうから、二三年先にはもう少し剛氏の数も増えるだろうな」 「これまでは朱氏だった人たちですか?」 「さぁ?その辺りは俺も詳しくはない。何度も一緒に旅したりしているが、その辺りのことはご法度だ。大将にも言われている。一緒にいてもお互いのことは詮索しない。まぁ、俺みたいなものは有名らしいがね」 「それにしてもあの三頭は使い物にならないんですか?」 「黄海では無理かもしれない。妖魔に敏感になりすぎている。だから代わりの駮を捕まえるまでが大変だった」 「やはりあのせいで?」 「まぁな。俺だって大将や姫様を守らなきゃって気持ちがあったから助かったのかもな。でなきゃ、気絶してあいつの腹の中だろうな」 「そんなに凄かったんですか?」 「ありゃどう見ても人の立ち向かえるものじゃない。妖獣を捕えるのに慣れていても奴の一振りで首が飛ぶだろうさ。たまたま姫様に夢中で俺たちに関心もなかったから無事だっただけだ。姫様も無事でよかった」 「何でも偉い人が?」 「しっ!下手に名前を出すんじゃない。剛氏たちにも言ったけど、めったに会えない人に会うのは良し悪しなんだ。本当に運が強くて会うべくして会った人なら問題ないが、そういう人のついでに会っちまった俺たちのような連中はヤバいんだ。強すぎる運に振り回されてとんでもないことになるかもしれない。あるいは今回の大猟も口止めかもしれないな?」 「口止め?あの人が?」 「まぁな。剛氏たちと話したんだが、やけにあっさりと妖獣が捕まるのが変だってな。誰かが恵んでくれてるんじゃないかって。ああいう人がただで恵んでくれるわけがないから、きっと下手なことを言ったらただじゃすまないって意味だろうってな」 「…それは恐ろしいですね」 「で、梅香は何を知っている?」 「頑丘さんたちを救ったのはあの人だということ。なぜあの人が来たかと言うこと。…これは彼らには聞かせられないんですが」 「なぜ援けてくれたか?大将が前に会ったことがあるからじゃないのか?」 梅香は酔いつぶれて寝入っている剛氏たちをちらりと見、狸寝入りであっても聞こえないような小声で猛徳の耳に囁いた。 「駮にあの人の名前がつけられていたそうです」 「何だって?」 「しっ!声が大きいですよ。起してしまいます」 「あ、すまん。でも、それはホントなのか?」 「頑丘さんが楽俊さんに匿われていた時に蘭桂さんがそういうことを聞いたらしいのです。猛徳さんはご存知では?」 「そんなこと知るわけが… あ、そういえばそういうことを大将が洩らしていたような」 「それはこの旅の途中でですか?」 「いや、ずっと前のことだ。蒼月とかと初めて黄海に来た時だっけな?あまりに昔なんで忘れていたくらいだ」 「では、姫様も?」 「う~~ん… 知っているかもしれないが、わからないな。普通は名をつけないものだからそのつもりでいたよ」 「…では、あの二人も?」 「どうかな?名を呼んでいるところは聞いていたから…」 「やはり聞いていますか?」 「まぁ、大将が変わっているからしてるんだろうって程度じゃないか?ただ、更夜は…」 「それがその名ですか?」 「いけね。忘れてくれ」 「私はいいのですが、彼らが」 「ああ、確かに変わった駮だったからな。きっとお守りになるって奴ら鬣を斬っていたし…」 「御物の名をみだりに呼ばないように、と言うしかないですね」 「確かに御物だな。忘れていたよ。もし広がったらチョン、か?」 猛徳は手刀で首を切る仕草をする。梅香は真剣な顔で頷く。 「頑丘さんはああいう人ですが、本来なら字もみだりには呼べませんよね。私もイケないことをしてるんですが」 「大将が誰であるかを内緒にしてる時は仕方ないだろう?他の人だってそうだな。悌薛なんて字を知ってる方が少ないかもな」 「そういう問題でもないと思いますが」 「そういう問題で片付けろってことだろう?」 「まぁ、そうですが。一応はあの駮もあの人と会ったことがあるのですよね。三百年の長命もそれゆえだとか」 「うちの大将がなにやら内緒話してたようだけど、その話なのかな?駮を丁重に葬るように言っていたな」 「あの人に会ったことがある駮などいませんからね。あの三頭ももしかして…」 「う~~ん、微妙だな。あの人がいるときは気死してたからな。普通にしていたらあんな風になったのかな?」 「かもしれませんね」 「わからないもんだな。とはいえ、奴らも半分意識が飛んでいただろうし」 「そういうのには会いたくないですね」 「それが一番だろうさ。まぁ、あれに会って無事だからって慢心して失敗するのは怖いな」 「失敗って屠られるってことですか?」 「ああ、あれよりも少し弱そうなのでも十分人には危険だ。それを見誤りそうでな」 「…それは怖いですね」 「俺や大将はしばらくは黄海にこれそうもないが、彼らはどうかな。…ん?どうした?」 梅香の表情が沈鬱になっているのに気付いて猛徳が訊ねた。梅香は再び猛徳の耳にだけ囁いた。 「この話が出た時に、もしみだりに名を呼ぶようなら永遠に口止めするやもしれぬと」 「…ないとはいえぬな。とすると、俺は黄海には入らない方がいいのか?」 「…かもしれませんね」 猛徳は梅香の応えにぶるっと身体を震わせた。夏の盛りだというのに背筋が凍えたような気がしたのだ。猛徳は剛氏たちを見た。 「彼らには言うべきかな?」 「さぁ?黄海に入らずに暮らすことなどできませんからね。とはいえ、どうしてかを説明できますか?」 「…いや…」 「ならば黙っているしかないでしょうね。彼らとて今回のことを少しでも口外したらどうなるかはわかっているはずですよ。これだけの獲物が口止め料だと猛徳さんと話しをしていたわけですからね」 「…それもそうだな。わかっていることを念押しすることもないか」 猛徳は思わず哀れみの気持ちの混じった表情で剛氏たちの寝姿を見てしまった。それ以後は黄海の話をすることはなかった。船は五日目の朝に乾城にほど近い港に着いた。そこで剛氏たちと別れることになり、駮をどうするかということになったが、彼らはやはり手放さないという。そこで彼らの取り分の吉量四頭と駮四頭を彼らに渡して別れた。船は乾城から黒海の奧にある背亨まで行き、猛徳と梅香はここで下船した。猛徳の獲物は吉量二頭と駮三頭である。これを梅香と二人で芝草までつれて帰った。ところで特に口止めもせずに別れた二人の剛氏だが、彼らは酔うと口が軽くなった。流石に駮の名前までは動転していたせいで憶えていなかったが、犬狼真君のご加護で助かったことについては黙っていなかった。このような話は軽々にはすべきではないと猛徳に言われていただけに酔いが醒めると猛省したが、話を聞きたがるものたちに酒を勧められ、散々飲まされるともうダメである。そんなことが繰り返され、翌年の春分に令乾門から入った二人は二度と出てこなかった。ところで、黄朱の民といえば朱氏や剛氏だけでなく、小説を演ずる朱旌も含まれる。範が栄えていた頃にはしばしば国都紫陽で常設の小屋掛けもされたりしたものだが、範が傾きだすや否やさっさと恭の連檣などへ逃げ出している。朱旌たちは百年以上前には『閭黄』の小説を演じたりしていたが、今では『閭黄』ものが許される国は殆んどない。彼らは新しい題材を求め、剛氏たちの話を聞いていたのだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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