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カテゴリ:想像の小箱(「十二」?)
「沈黙の報酬(その4)」
恭国首都連檣・霜風宮。隣国範が斃れてから三度目の秋を迎えようとしていた。一昨年と昨年の天候はさほど荒れていなかったので、範からの荒民の流入は殆んどなかった。才の荒民との諍いで荒れてしまった国都紫陽以南の南部諸州に立ち直りの兆しはなく、漣の船で奏に逃れていくものも徐々に出ていたが、北部諸州については平穏な日々が過ぎていた。この年になるまでは。氾王崩御後三度目の春に、それまで才との高岫に集中していた妖魔が突如として恭との高岫付近にも出没するようになった。恭は妖魔の撃退法に優れており、その技術はかつて柳が斃れた時に範にも伝わったはずだが、二百年近く昔のことで、範では既に忘れ去られていた。したがって、高岫を越えて恭に逃げ込めれば安全だが、そこまでの峠で襲われれば屠られるだけだ。この妖魔の出没はやはり天候が荒れる前触れだったようで、この年、範は高温少雨に見舞われ、殆んど収獲を得られなかった。漣からは穀物が送られてきたが、それでも焼け石に水であり、帰りの船には荒民がすし詰めになって、才の永湊まで運ばれる。永湊から奏との高岫の街である奉賀を抜けて奏の西部諸州にたどり着くまでに栄養失調や病などで三四割ほどのものが倒れてしまう。かつては範に逃れていた才の荒民たちが永湊から奉賀までの間に暮らしており、範での仕打ちを恨みに思っていたりするので、この間の陸路で寝食を確保するのが困難だったからだ。五十万人も範に逃れていた荒民の三割足らずしか才に帰りつかなかったのだ。無論これは才の仮朝の無策が原因であるとわかってはいるが、直接の恨みはどうしても範に向かってしまうのだ。そうした噂が範に流れるようになると、無理してでも恭に逃れようというものも増えたが、多くのものが高岫にたどり着く前に妖魔に屠られたりした。恭としては荒民を助けたいが、高岫を越えて助けに行けば『覿面の罪』に問われて供王が斃れるかも知れないので動けず、忸怩たるものがあった。供王の執務室にある人影のうち、最も小さいものはイライラして爪を噛んでいた。最も大きな人影がハラハラして声をかける。 「主上、爪を噛むと形が悪くなりますし、歯にもよくありません。どうかお止めください」 「…供麒、ちょっとこっちに来なさい」 「はい」 「あんたのその頭は藁くずでできているの?私の爪や歯のことを心配するくらいなら、範に妖魔撃退法を授けることを考えなさい。あんたが慈悲の心を向けなきゃいけないのは今こうしている間も妖魔に屠られてしまう範の荒民たちじゃないの?もう少し頭を有効に使いなさい」 「は、はい」 供麒は供王に叱られてしょんぼりしている。供王は余計にイライラが募ったのか、大きく息を吐き、目頭を揉むような仕草をする。供麒は心配そうな顔で、供王に進言する。 「あ、あの、妖魔撃退法の書簡を薫彩宮に送るのではいけないのですか?」 「あのね、頼まれてもいないことをこっちがすることはないでしょ?それに只で恵んであげるのは厭なの」 「柳が傾いた時には柳や範などにも教授したと思いますが?」 「あの時は柳が斃れた時の負担を軽減してくれたからでしょ?柳の場合はうちの負担が減ることがわかりきっていたじゃない。あの時とは違うわ」 「そうでしょうか?妖魔撃退法があれば荒民にならずに済むのではないですか?」 「供麒、あんたのその目は節穴なの?今の範は天候が荒れて、うちとの高岫に妖魔がいても逃げてこようとしているのよ。妖魔撃退法を教えたらうちに逃げ込んでくる荒民が増えるだけじゃない。柳の時のように負担が経ることにはならないわ。恭にとって不利益になるだけじゃない。敢えて私がそんなことをするだけの理由があって?恭の民の負担を増すことなのよ。恭の民の負担を増やさない理由でどうにかしなさいと言っているのよ」 「は、はい…」 恭の民も範の民も同じ民であり、その民が苦しまないように慈悲の心を示せばよい麒麟とは違って、王は自分の民に責任がある。範から援けてくれといわれてもいないのに、範の荒民を助けるために恭の民を苦しめることはできないのだ。範の民も恭の民も民には変わりはないが、自分が責任を負わねばならないのは恭の民である。範の民は範に任せるしかない。だが、見殺しにするのも目覚めが悪い。範から何か言ってくればあれこれ文句は言うにしても手助けすることはできる。その範から何も言ってこないうちにこちらから手を貸し、それによって恭の民に負担を強いるような真似だけはできない。そのギリギリのところで上手い手はないかとあれこれ考えているのに、己の半身はかなり手前のほうでボンヤリしている。いっそこれを叩いてやったら気が紛れるかしら?などと物騒なことを考え始めた時、遣士の桃香がやってきた。 「どうもご機嫌斜めのようですわね。失礼したほうがよろしいでしょうか?」 「ああ、桃香、これに少しは知恵を廻してやってくれないかしら?」 「範の荒民のことで?」 「…範から何か言ってきたの?」 「正式にではありませんが、冢宰府侍郎が範の補佐と懇意でして、あれこれ相談を持ちかけているようなのです。その中に妖魔対策をどのようにしたら良いかというのがありまして、主に南部諸州についてということなのですが」 「恭との高岫付近というわけではないの?」 「恭へはまだ白海が使えますし、高岫までの十里ほどですから。南部のほうは高岫から五十里ほどが陰惨なことになっています。範で朽ちた才の荒民の骸に妖魔が集っているようでして」 「ああ、なんてことなの?骸はキチンと葬ってやらないと妖魔が湧くことくらい知らないなんて範の連中の頭は藁くずなの?」 「これまで妖魔との関わりがあまりなかったようなので、知らなかったようですね」 「この百年余りで才が二度も斃れているでしょう?なのに知らなかったの?」 「はい、何れの時も妖魔は東の奏との高岫などに出没し、範との高岫付近には殆んど見られなかったようです。そのために対策が要らなかったのでしょうね。すっかりすべてを忘れているようです」 「前に柳が斃れた時に教えてあげたようなことも?」 「そのようです」 「呆れちゃうわね。もしかしてそういうことを私がしてあげたことも記録にないわけ?」 「そこまでは酷くないようです。ただ、具体的な方策も文字だけではわかりにくいということです」 「つまり人を派遣して実地で教えて欲しいということなの?」 「あるいは恭に習いに来たいというのでは?」 「ふぅん、それなら考えても良いわね。でもその見返りは?」 「その辺りの交渉に参ってもよろしいかと相談を受けたようで」 「要らぬ知恵は授けていないでしょうね?」 「と、思いますが?」 「まぁ、いいわ。来たら話くらいは聞いてあげましょう。それでよろしくて?」 「はい」 桃香が拱手するのを見て供王は少し機嫌が直ったようだ。供麒は少し寂しそうだったが。 * * * * 範の冢宰府侍郎・秦玉蘭が遣士補佐の麦玉蘭とともに恭をやってきたのは十日ほど後で、二人は桃香に連れられて霜風宮を訪れた。秦玉蘭にとっては初めての他国の王宮への訪問になる。非公式な謁見ということで供王の執務室で拝謁することになり、秦玉蘭は恭しく跪礼をした。 「範西国にて冢宰府侍郎を仰せつかっている秦玉蘭と申します。どうかお見知りおきを」 「あら?玉蘭?あなたの横にいるのも玉蘭でしょう?」 「はい。麦補佐とは官になる前より親しくしていただいております」 「ふぅん、両方玉蘭では面倒ではないの?」 「いえ、互いの場合は秦氏、麦氏と呼び合いますし、その他のものは役職で呼んだりしていますので」 「私は殆んど補佐と呼ばれ、秦侍郎は玉蘭と呼ばれておりました。秦侍郎の方が親しみがあるようで」 「麦補佐に秦侍郎ね。そのうち偉くなったなら『二人玉蘭』なんて小説ができるかもね」 「私どもがですか?とんでもない。恭王君のようにはとても。『小姐昇山』は良く観ます」 「厭な人ね。あれは私が子供だったころの話よ。見た目は変わらないけど、あれの話を聞くたびにうんざりしちゃうわ。私はどうしてあんなに馬鹿だったんだろうって」 「そうですか?とても勇敢だと思いましたが」 「それは無知を隠すための方便よ。肩肘張っていたから思い出すだけでも厭になるわ」 「申し訳ありません。最近は紫陽では朱旌も興行をしなくなっておりますので」 「ああ、それなら連檣で何かやっているわね。桃香、何か聞いている?」 「はい、なにやら新作を準備しているようです。イロイロ障りのあるものは出来ませんので」 「障りと言うと『閭黄』もの?楽俊とかを悪く言うのもあったわね」 「『巧氏革命』、『憎半獣』などはそうでしょうね。連檣では『小姐昇山』が人気なのですが」 「その辺りができないと朱旌も大変ですね。『赤子登極』などはまだ良いほうなのでは?」 「あれも『閭黄』もの?ケッコウいいものもあるのよね」 「実際に『閭黄』が書いたかどうかはわかりませんので。ただ、出来の良いものは大概『閭黄』もののようです」 「出来の悪いものよりは出来の良いものを見せてあげたいけど… まぁ、あれから百年以上でしょ?そろそろ考えるべきかしら?」 「『閭黄』ものの解禁ですか?」 「明らかに拙い部分に手を入れて普通にやれるならね。『巧氏革命』や『憎半獣』は無理だろうけど」 「あれは嫌慶を煽るものでしたからね。その象徴としての景王や楽俊さんも」 「あの二つと『赤子登極』は同じ題材なのでしょう?物凄い描かれようよね。楽俊なんて悪の化身ですもの」 「あのせいで多くの海客や半獣が酷い目にあったようです。上演禁止は止むを得ないかと」 「景王は良いわよね。イロイロ演じてもらえて。剣戟などもあるし… 私のなんて徒手空拳もいいところだわ」 「力ではなく、知恵で勝負、では?」 「桃香、そういうこと言っていいの?まるで景王が頭空っぽみたいに聞こえるわよ」 「そうですか?今後は気をつけます」 「でも新作ねぇ… 『閭黄』が死んでからはパッとしたものがなかったし… どうなのかしら?」 「…ご覧になりますか?」 「そうね。その二人と一緒に観に行くことにするわ。堅い話はその後のほうがいいかも」 「えっと、その…」 「今すぐにでも私を是と言わせる自信があるなら聞いて上げても良いわよ。でもどうかしらね。私は気紛れだから」 「は、はぁ…」 呆気にとられている秦玉蘭の袖を麦玉蘭が引き、軽く首を振ってみせる。何を言っても無駄だから、従うしかないとその顔が物語っていた。これまで何度か供王と会ったことのある麦玉蘭は、供王がわざと我が侭に振舞うのを知っていた。それは後で譲歩してやるというしるしなのである。具体的な見返りも準備できずに連檣にやってきた秦玉蘭への気遣いであろう。麦玉蘭の表情を見た秦玉蘭はさっと拱手した。 「仰せのままに」 「…あなた賢いわね。二人玉蘭は手強いかもしれないわ」 そういった供王の眼は笑っていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年05月04日 12時07分13秒
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