チョーサー(西脇順三郎訳)『カンタベリ物語(上)』
~ちくま文庫、1987年~
(Geoffrey Chaucer, Canterbury Tales)
ジェフレイ・チョーサー(1340-1400)はイギリスの詩人で、「イギリス詩の父」とも呼ばれているそうです。本書は、彼が晩年に残した、あまりに有名な作品です。(でありながら、今回初めて読みました。)
カンタベリに巡礼に赴く途中、宿屋で居合わせた29名の男女。宿屋の主人の提案で、それぞれの参加者が、一人一話語りながら行くことになります。
以下、簡単にメモしておきます。
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「ぷろろぐ」29名が宿屋に居合わせ、主人が物語の提案をする。
「騎士の話」アテネにつかまったテーベの二人のいとこ同士が、アテネ領主の美しい娘に恋をする。一人はテーベに帰され、一人は塔に幽閉されたままだったが、やがて、いとこ同士で、娘をめぐって戦うことになる。
「粉屋の話」好色な教会役員が、目を付けた女性を追い回すも、彼女の恋人にこらしめられ、女性の夫で大工の男もこてんぱんにやられる話。
「親分の話」粉屋の話の仕返しに、大工の親分が、うそつき粉屋がこらしめられる話をする。
「料理人の話」道楽者の丁稚小僧が主人から追い払われる。(その後の話は未完のようです。)
「法律家の話」ローマの美しい姫クスタンスが、シリアのサルタンのもとに嫁ぐが、サルタンの母の陰謀で、クスタンス以外の、サルタンを含む全てのキリスト教徒が虐殺された。その後クスタンスは放浪の身となる。(徳の高い生活を送りハッピーエンドに。)
「バースの女房の話」多くの夫をもったバースの女房が、いかに夫をあしらってきたかという長い前口上の後、好色な騎士についての話をする。騎士は、女王から、女がいちばん好きなものが何かを1年と1日以内に答えられないと首をとばされることになるが…。
「托鉢僧の話」私腹を肥やすことに夢中の刑事が、悪魔と出会って一緒に旅をする話。
「刑事の話」托鉢僧の話の仕返しに、托鉢僧が金持ちからの寄付を求めようとするが、その息子にこらしめられる話をする。
「学僧の話」結婚に関心がなかった王が、いなかの美しい娘グリゼルダをめとる。王は彼女がどこまで耐えられるかと、彼女が産んだ二人の間の子供を殺したように見せかける。それでもグリゼルダは悲痛な顔を見せずに振る舞うが…。
「貿易商人の話」学僧の話と反対に、高齢の夫をもつもののひたむきに彼女に恋をする従者と浮気する女の話をする。
「騎士の従者の話」未完。
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訳者による解説に、ここに集められている物語の多くは、中世に流布されていた様々なタイプの話が含まれている、とあるように、下品な冗談の多い「ファブリオ」(笑話)や、ケルト物語、キリスト教の信仰を説くものなど、多様な話が含まれています。
『カンタベリ物語』は本来韻文の作品だそうですが、この邦訳は散文で訳されていて、読みやすいです。
一方、訳語ではいろいろ気になりました。「僧」とは何か。「托鉢僧」ではなく「托鉢修道士」が一般的な訳語です。「刑事」とは何か、気になります。その他、アウグスティヌスが「オーガスティン」となっているなど、一般的な表記ではなく英語読みで表記されているところも見受けられました。「ナンマンダ、なんのご用じゃね?」(274頁)など、キリスト教ではあり得ない「ナンマンダ」という言葉もあってびっくりしました。わが国におけるキリスト教用語の翻訳のひどさを指摘する朝倉文市「異文化の理解を求めて―翻訳書にみるキリスト教用語について―」『キリスト教文化研究所年報』17、1995年、118-142頁を読んでから本書を読んだので、余計に気になったというところもありますが。
ただ、読みやすく軽快な文章ではあるので、楽しく読み進めることができました。
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