芥川龍之介『河童・或阿呆の一生』
~新潮社文庫、1989年~
芥川龍之介の最晩年の作品6編が収録されています。
「大道寺信輔の半生」は、自伝的小説。幼少期から学校、本や友人についての叙述です。解説によれば、「誇張とウソがないわけではない」とのことで、たとえば内申点が低かったという奇術について、実際の芥川さんはそうではなかったとのこと。本作で面白かったのはまさに内申点が低かったというあたりで、「予の蒙れる悪名は多けれども、分つて三と為すことを得すべし」とあり、たとえば「その三は傲慢なり。傲慢とは妄[みだり]に他の前に自己の所信を屈せざるを言ふ」(19頁)と、3つの悪名を逆にプラスの意味のように描いているところでした。
「玄鶴山房」は、玄鶴という老人のもとに、彼が公然と囲っている元女中が、子供とともに訪れた後に起こる、その邸宅でのドラマを描きます。解説でも指摘されますが、看護師の役回りが印象的です。
「蜃気楼」も、自伝的小説。友人たちと蜃気楼を見に行ったエピソードが語られます。気楽に読める一編でした。
「河童」本書の中で一番面白く読みました。ある精神病院の患者が語る物語で、彼はある日、河童の国に迷い込んでしまったといいます。河童の言葉を覚え、河童たちと親交を結びながら、人間との価値観の違いなどを痛感しながら暮らしていた、というのですね。解説ではジャンルとして『ガリバー旅行記』などの分野に属すると指摘しますが、なるほどと思いました。
「或阿呆の一生」こちらと次の「歯車」は死後に発表された作品。こちらは、わずか数行の短文も含む51の節からなります。
「歯車」は今の私にはよくわかりませんでした。
あらためて、本書では「河童」を読めたのが収穫でした。
(2021.02.23読了)
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