プラックアンドラック(勇気と幸運)
タイトルでお分かりの通り、本日の感想は「ドラえもん」です。今回でドラえもん語りは終了。最後は、アニメを語ります。ドラえもんでアニメといえば、殆どの人が最初に大山のぶ代を思い浮かべるでしょう。2005年4月、声優陣から何からスタッフが総替わりしました。しかし、やはり前任者の個性は強烈。未だに「声優が変わったドラは見る気がしない」という人もいます。しかし、個人的には大山ドラよりも今のドラえもんの方が好きです。理由としては、大山ドラのスタッフが終盤かなり迷走(暴走?)していたことがあります。僕が思うドラえもんとは、とてもとても現実に近い世界で個性的なキャラクターが繰り広げるちょっと不思議で面白い話です。大長編で普通に「昔は魔術師が存在したと言われている」などとのたまう姿は、不二子・F・不二雄存命中はありえなかったでしょう。原作では脱力感溢れるラストを、強引に「いい話」に差し替えたこともありました。挙句の果てには、イヤミったらしい嫌な奴というキャラのスネ夫が、子タヌキを内緒で育てるという体たらく。のび太やしずかちゃん、百歩譲ってジャイアンならともかく、よりによってスネ夫かい。アニメスタッフの手を加えるのが悪いとは思いませんが、ドラえもんの分だけずれた現実性や、あくまでもコメディであるスタイル(一部例外はありますが、本当に一部。しかも、どれも珠玉の出来)、しっかり個性付けされたキャラクターなど、原作が築き上げたものを崩壊させるかのようなシナリオは、原作派の僕にとっては悲しいものでした。親子で安心して見ることが出来るアニメではあったと思います。しかし、それは僕が愛しているドラえもんの姿ではありませんでした。さて、現在のドラえもんはどうでしょう。現在のドラえもんは、原作に対する敬意と愛に満ち溢れていると感じます。リニューアルしてすぐに「ドラえもんだらけ」や「どくさいスイッチ」など、高い評価を受けている作品を持ってくる辺り、攻めの姿勢が伺えます。演出やシナリオも原作の味を生かした作りになっていて、本当にマンガの中のドラえもんが動いて喋っている、という気分になります。しかし、決して不満点がないわけではありません。声優陣のレベルの低下(ジャイアンはまだ少し厳しい。味はあると思うけど)や、主題歌の俗っぽさ(あの主題歌には普遍的なものがない気がします)、そしてなにより、雰囲気が「不二子アニメ」という感じになって「ドラえもん」という唯一無二のブランドでは無くなったのではないか、という気持ちがあります。大山ドラの時はあった、「これしかない」という感覚はありません。やはり、なんだかんだ言っても4半世紀続いてきた物に対する懐古の念があるらしいです。それでも、それを補って余りある魅力。昔を懐かしむではなく、新しいドラえもんを作ろうという、若さに満ち溢れたパワー。今放送されているドラえもんは、僕にとって紛れも無く「ドラえもん」です。2005年四月公開の、新しいスタッフが作る「のび太の恐竜」が今から楽しみです。●3000円以上購入で全国送料無料!(一部地域除)ドラえもん(水田わさび)/踊れ・どれ・ドラ...