父の来訪
2月に入って再び父がやって来た。今度は家に誰もいない時だった。さぞかしにゃあ君、驚いたことだろう。後から聞いた話では、父が部屋に入ると、寝ていたにゃあ君はびっくりして飛び上がり、部屋の隅の出入口に駆け寄ったらしい。父のことは覚えていたらしく、さすがにカーテンをよじ登りはしなかったが、戸を開けると、すぐさま外に飛び出して行ったそうだ。
外にいるにゃあ君は、時折、中の様子を窺いに近寄って来る。が、父の姿が見えるとすぐ遠くへ行ってしまう。父がリビングを離れた際、これがチャンスと戸を開け、にゃあ君を招じ入れようとした。にゃあ君はしばらく中の様子を窺ってから、一歩足を踏み入れた。ところが臭いでわかるのか、鼻をクンクンさせたあと、きびすを返して出て行ってしまった。
夜になり、父が客間に引っ込んだところで、にゃあ君を呼んでみる。ハウスに入って寒さを凌いでいる。箱の入り口に取り付けたカーテンの間から覗いてみる。
「にゃあ君、もう大丈夫。お父さんはいないから、入っておいで。」
それでも怪しんでいる。しかし、今日は冷えそうだ。病気のにゃあ君に冷たい外気がいいわけがない。風邪をひいて肺炎にでもなったら大変だ。こうなったら奥の手だ。箱ごと家に入れてしまった。
しばらくにゃあ君は箱の中。家ごと動かされたのだから、驚いているだろう。あまり構わずに放っておく。
だいぶ経ってから、ハウスのカーテンが動く。2枚の布の間から、にゃあ君の顔がにゅっと覗く。辺りを見回し、父がいないことを確かめると、のっそり出て来た。警戒していたにゃあ君だが、やがて籐椅子に座っている私の膝に飛び乗った。
「にゃあ君、明日はちゃんと挨拶してね。そうしないとお父さん悲しむよ。」
翌朝、にゃあ君は早目の起床。父が起き出す前に外へお出掛け。その日は比較的気温も上がり、一日外で遊んでいた。
夜になって気温がぐっと下がる。外にいるにゃあ君を呼び寄せる。
「にゃあ君、外は寒いからおうちに入ろう。」
今日のにゃあ君は素直だ。呼ぶとすぐに寄って来た。にゃあ君を抱き上げ、中に入る。父は籐椅子に座っている。にゃあ君を抱いたまま、父のそばに行き、挨拶をする。
「お父さん、今晩は。」
床に下ろすと、にゃあ君は父から離れたところでお座りした。みんなで楽しく団欒だ。和やかな時が過ぎていく。にゃあ君もだいぶ慣れてきたようだ。
「にゃあ君、お父さんのところに行ってみる?」
にゃあ君のご機嫌が良さそうなので、抱いたまま父に近付く。50センチぐらいのところまで近寄っても、にゃあ君は逃げようとしない。父ににゃあ君の頭を優しく撫でてみるよう促す。
父がそっと手を伸ばす。優しく撫でているつもりなのだろうが、見た目にはゴシゴシこすっているようだ。にゃあ君はちょっぴり痛そうだ。撫でられるたびに目を細めている。しかし気持ちは通じるのか、おとなしく撫でられていた。
3日目、昨夜のスキンシップで慣れたのか、にゃあ君は昼間、父と同じ部屋にいても気にならないようだ。
にゃあ君は新しい出会いがあると、まず逃げる。距離を置きながら観察を続け、相手が敵かどうかを見極める。どうやら父もにゃあ君に仲間と認められたようだ。
夜になる。またまた食後の団欒の時。にゃあ君は自分の椅子に丸くなって、私たちの話に耳を傾けている。父もすこぶる機嫌がいい。ふと思い立って、にゃあ君を抱き上げた。
「にゃあ君、お父さんのところに行ってみる?」
父も嫌とは言わない。籐椅子に座っている父の膝に、そっとにゃあ君を乗せてみる。にゃあ君は逃げない。置かれたままの状態で静かにしている。
「ヨシ、ヨシ。」
そう言いながら、父はゴツゴツした指先を気持ち丸め、にゃあ君の毛並みに沿って撫でつける。父にしては精一杯の愛情表現だ。にゃあ君の顔を覗き込む。にゃあ君の目が撫でられるたびに吊れている。ちょっぴり痛そうだ。それでもにゃあ君は父の膝で頑張っている。
「痛いんだけど、ここは我慢のしどころだな。」
そんなにゃあ君の表情だ。父はニコニコ顔で撫でている。2月11日、忘れられない日になった。