ごめんね、にゃあ君       

2009/02/10(火)15:49

ごめんね、にゃあ君52

ごめんね、にゃあ君(55)

お留守番  にゃあ君は早起きだ。私が起きる時にはもうパッチリ目が覚めている。まずはご飯とお水。あっという間に平らげると、外の風に当たりたがる。網戸にして風を入れるだけの時もあれば、ご要望にお答えしてテラスへ出してやることもある。自分の体調をちゃんとわかっていて、専用庭から外へは出て行かない。 「にゃあ君、そろそろおうちに入らない?」 声を掛けると振り返るが、家には入らず庭を歩き回ったり敷地の外を眺めている。 「じゃあ、もうちょっと遊んでらっしゃい。」 その間に私も朝食をとり、支度を済ませる。そろそろ出勤する時間だ。再びにゃあ君に声を掛ける。 「にゃあ君、ママ、お仕事に行く時間なんだけどな。」 にゃあ君はタイミングを心得ている。今度はすんなり入ってくる。 「はい、お利口さん。行って来るからね。お留守番お願いね。」  梅雨に入ってぐずついたお天気が続き、6月だというのに日中、雷雨に見舞われることもあった。にゃあ君は怖がっていないだろうか。職場の窓から激しい雷雨を眺めながら、にゃあ君と出会った2年前の夏を思い出す。  庭の隣の芝生でにゃあ君を見つけてから数か月、その頃はまだ外で生活していたにゃあ君は、雷を怖がって籐椅子の下に潜り込んでいた。心配になって声を掛けると、顔だけこちらに向けて怯えた表情で体を縮めていた。かわいそうに思い、中に入るように手招きしても、お尻を向けたまま動かない。にゃあ君はそこで雷雨の通り過ぎるのをじっと待っていた。  職場にいても、道を歩いていても、電車に乗っていても、考えるのはにゃあ君のことばかりだ。にゃあ君の体を蝕んでいる病気を呪った。なぜこんなことになってしまったのだろう。なぜ、にゃあ君なのだろう。今更悔やんでも始まらない。これからの事を考えなければ。数か月、或いは数週間・・・・。一緒にいられる時間は、そう長くはないのだ。 内服薬  病気のにゃあ君を長い時間独りでお留守番させておくのは心配だ。できるだけ仕事の都合をつけ、家族の誰かがにゃあ君のそばにいるようにした。どうしても家を空けなければならないことはあったが、それはそれでにゃあ君にとっては熟睡できるいい機会だったようだ。  病院には必ず私が連れて行った。2年も一緒に暮らしているので家族には慣れているが、パニックを起こした時、にゃあ君をなだめる自信がないらしい。  この頃から飲み薬がもう一種類増えた。粉末の抗癌剤だ。これもご飯に混ぜて与えることになった。人体に影響を及ぼす恐れがあるため、触れたり吸い込んだりしないよう、注意を受けていた。にゃあ君の食は細くなってきている。上手に混ぜて食べさせないと、薬を与えるチャンスは少ない。白っぽい粉末をさり気なくマグロの煮付けに混ぜてみる。にゃあ君は近寄って舐め始める。ところが数回舐めただけで、離れてしまった。その後、幾度かご飯に鼻を付けて嗅いだが、結局それ以上食べなかった。  薬は一日一袋。何度か試してみたが、これが入っていると口にしない。臭いか味でわかるのだろう。結局、粉末の抗癌剤はほとんどにゃあ君の口に入ることなく、無駄になってしまった。  院長先生に事情を話し、薬を錠剤に変えてもらった。今度の抗癌剤はころっとした直径8ミリほどの白い錠剤だ。四等分してひと欠けらを一日おきに与えるのだ。薬をもらう時、カッターのようなもので割るように言われたので、家に帰って早速、分割作業を開始した。  錠剤は楕円形で、平らな場所に置いても不安定だ。これを四等分するのは難しそうだ。カッターを持ち出し、慎重に錠剤に当てる。以前、虫下しを割った時、勢いで薬が排水溝に飛び込んでしまった苦い経験があるので、流しから離れたテーブルの上で作業開始。指先も緊張する。刃に錠剤を当て、押してみる。錠剤は固く、切れ込みも入らない。もう少し力を入れてみる。やはり固くて簡単には割れそうもない。それならのこぎりの要領だ。力を入れてギコギコ引いてみた。手応えあり。錠剤をコーティングしている白い粉が飛び散る。ここまでくると先程の慎重さは失せ、力任せにカッターを引く。錠剤は見事に割れた。二等分すればあとは簡単。切り口が平らになっているので、その面を下にして更に二つに割る。薬は多少大きさに違いはあるものの、四つに分かれた。 ここからが問題だ。四等分しても結構な大きさだ。にゃあ君が食べてくれるだろうか。  他の錠剤同様、まずはご飯のマグロにトッピングしてみることにした。しかし、これは失敗。にゃあ君の舌で弾かれてしまった。  もう一度つまんで今度は埋めてみる。前の錠剤はこの手で何とか成功した。しかし今回はだめだった。なぜかその部分を残して周りのマグロだけを舐めている。ご飯が残り少なくなれば残飯整理をするだろうと、期待しながら見ていたが、だいぶ残してにゃあ君の食事は終わってしまった。  残ったマグロの傍らにポツンと残された錠剤を尻目に、にゃあ君は早くもお口の清掃に入っている。これはいけない。お皿をにゃあ君の前に置いてみるが、フンと顔をそらされてしまった。これを飲まなければ、にゃあ君は良くならない。やむなく強行手段に訴えることにした。錠剤をつまみ、口に放り込むのだ。  ウェットタイプのご飯に載せたため、切り口の部分がドロリと溶けかかっている。これをつまんで指が爛れたらという不安もあった。しかし、ここはにゃあ君の命がかかっている。右手でドロリとした薬をつまみ、逃げようとするにゃあ君を左手で抱きかかえ、強引に口を開ける。にゃあ君は激しく首を左右に振っていやいやをする。歯を食いしばり、何とか異物が口に入るのを防ごうとしている。それを無理やりこじ開け、投入。が、次の瞬間、錠剤はにゃあ君の口から放物線を描いて絨毯に落下。落ちた薬を再びつまみ、もう一度挑戦。  にゃあ君のいやいやを見ているうちに、自分のしていることが正しいことなのか、わからなくなってきた。こんな事をしなければならない自分が情けなかった。病気のにゃあ君が不憫でならなかった。  にゃあ君はインターフェロンを与えた時と同様に抵抗したものの、反撃に出ることもなく、最後は我慢して口にしてくれた。そして苦しそうに錠剤を飲み込むと、私の胸に顔を埋め、しばらく抱きついていた。

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