淋しがり屋
6月20日、水抜きから一週間。庭に出たがったので一緒に出る。テラスで箱座りをし、風に当たっている。体力の衰えを感じているのか、無理はしない。久々に柵の外へ出て行ったが、すぐに戻って来た。
にゃあ君がこんな状態で仕事に出るのはつらかった。遅出の家族に任せてにゃあ君を外に出したまま、家を出る。
「にゃあ君、行って来るからね。終わったらすぐ帰って来るからね。」
玄関を出てエントランスを回り、駐輪場の脇を通る。我が家の横だ。目を向けると、専用庭に隣接した避難通路に、にゃあ君がちょこんとお座りしてこちらを見ている。見送っていてくれるのだ。駆け戻りたい気持ちを抑え、駅に向かった。
夕方、病院で抗癌剤の注射を打ってもらう。診察前は神妙にしているにゃあ君も、注射の後は気丈になる。お世話になっている院長先生に向かって「ウウーッ」と数回、低く唸る。
「やだぁ、にゃあ君、唸ったりしないでよ。」
バツが悪くなって、にゃあ君に注意する。すると滅多に感情を表に出さない先生が、
「唸る元気があれば大丈夫。」
と笑っている。
恩知らずだと思われただろうか。本当は優しい甘えん坊のにゃあ君なのに。
この頃からにゃあ君の行動に変化が現れた。ひとりになるのを怖がっているかのように、前にも増して私の行く所、どこでもついて回るのだ。
夜鳴きの回数も増えた。私たちの生活サイクルに合わせてくれていたにゃあ君が、夜中に何度も鳴いている。元気な時なら放っておくが、病気のにゃあ君にそんな薄情なことはできない。ひと晩で2、3回は起こされた。お腹が空いているわけでもない。外に出たいわけでもない。
「独りでいるのは淋しいよー。」
と言っているようだった。度重なる夜鳴きで寝不足になっていたが、うるさいと感じたことは一度もなかった。にゃあにゃあ鳴くのは生きている証拠。却って鳴き声が聞こえないと心配になり、わざわざ様子を見に起き出した。そしてにゃあ君が寝ているのを確認すると、ほっとして眠りにつくことができた。
募る不安
7月5日、前日に抗癌剤の注射を打ったばかりだが、体調も心配されたし、お腹の波打ちが激しくなっていたので、2日続けて診てみらうことにした。
肺に水が溜まるスピードが増したのはその頃からだった。それまで水が溜まる間隔は2週間ほどだったが、水を抜いた翌日からにゃあ君の呼吸が速くなっていった。2日目には既にお腹が波打っている。3日目には連れて行かなければならない状態になった。抗癌剤は効いていないのだろうか。薬を変える話も出て、一度減らしたステロイドを再び元の量に戻すことになった。
にゃあ君は病院に行くことの意味を理解していたが、やはり病院は苦手らしく、にゃあ君をくるむバスタオルを持って近付くと、椅子の陰に隠れようとした。
今日は家にはにゃあ君と私だけ。にゃあ君を独占できる。最近のにゃあ君はリビングのあちこちでゴロリとしている。私もそばに寝転んで手をつなぐ。にゃあ君の指先を優しく撫でる。にゃあ君がくるりと横に回転して、すり寄ってくる。最高の気分だ。寄り添いながら、しばらくおしゃべりをする。例の如く他愛もない話だが、にゃあ君はちゃんと聞いていてくれる。
「・・・・ねえ、そうでしょ、にゃあ君。」
「にゃあ!(そうだね)」
そのうち、にゃあ君が横向きに手足を伸ばして静かになった。目はしょぼしょぼしている。
「眠いの?少しやすんだら?」
邪魔をしないようにその場を離れる。
しばらくしてにゃあ君の様子を確かめる。さっきと同じ横向きの姿勢で寝ているが、顔つきはつらそうだ。何だか不安になってきた。再びにゃあ君の隣で横になる。静かに撫でてみる。にゃあ君は微動だにしない。このまま目を覚まさないのではないかと不安に駆られる。家に誰もいない心細さもあって、一度気になり出したら不安は募るばかりだ。にゃあ君を揺り起こそうかとも考える。寝ているのなら、無理に起こして体力を消耗させてもいけない。どうすればいいのだろう。相談すべき人は誰もいない。
「にゃあ君、逝かないで。お願いだから、まだ逝かないで。」
初めてにゃあ君のそばで号泣した。
(にゃあ君が齧った草)