意外な戦史を語る~ カモメとウツボのメクルメク戦史対談

2015/07/20(月)10:34

358.戦争と文学・陸軍(18)どうだい、君ら若い将校たちは、今度のことをどう思っとるかね 

戦争と文学・陸軍(20)

(ウツボ)不穏な気勢を上げる候補生について、村上氏は次のように記している。「しかし、そのためには、またあの灼けつく演習場で汗と埃にまみれ、渇き、あてどのない単調な毎日の訓練をつづけなければならないということに思い及ぶ者はなく、燃え滾る胸をはだけて今にも敵の放火に突貫し、素足で太平洋をわたるかのように彼らはいきまくのであった」。 (カモメ)結局、村上中尉は、白い視線を背後に浴びているのを感じながら、逃れるように廠舎の裏手の樺の林に出ました。ひとりで静かに考えなければならないことが、あまりに多くあるような気がしたのですね。 (ウツボ)そのあと、のろのろと、村上中尉は宿舎に戻った。そこには生徒たちが相変わらず昂奮し、激越な身振りを交えて、争論しているのが見えた。 (カモメ)少なくとも彼らの直接の上官であり教育者たる村上中尉は、納得のゆくまで彼らと語りあわねばならぬはずだったのですね。 (ウツボ)そうだね。そこで村上中尉は戸を開けて生徒たちの中に入った。戦争は終わった。半数の者は村上中尉の説に賛同したが、他の半数の者は強硬に首をふって肯んじなかった。 (カモメ)「われわれはまだ負けてはいない。しかるに、武器を捨てろとは何事か」と彼らは口々に村上中尉に食ってかかったのですね。「さようなことは、区隊長どのも教えなかったはずであるし、われわれも習った覚えはありませぬ」と。 (ウツボ)このことについて、村上中尉は次のように述べている。「…そのうえ予にはひとかけらの思想も見解も、新しい事態に関してもちあわせがなかったばかりか、性来断乎としたところに欠けていたから、答弁もしどろもどろになりがちであった」 (カモメ)続いて読んでみます。「年嵩の優位と上官の権威とを楯に、予はようようその場をつくろって部屋に引き揚げたが、後味の悪い残り滓のようなものが口の中に残った」。 (ウツボ)猫を被ったまま過ごしてきた村上中尉としては、このような危機的状況に身を投げ出して対応することもできなかった。そのあと、村上中尉は東京の陸軍省に行く。それは「偉大な世界史的ドラマに立ち会う」という個人的な、気負った期待からだった。 (カモメ)陸軍省の副官をしている、藤山中佐を村上中尉は訪ねました。藤山中佐は村上中尉が士官学校生徒のときの中隊長だったのですね。 (ウツボ)そうだね。以前、村上中尉が近衛連隊に勤務していたとき、度々、藤山中佐を訪ねていた。そのときは親しく接してくれていた。 (カモメ)ところが、今回、村上中尉が、副官室に向かう途中、薄暗い廊下で、藤山中佐にバッタリ出会ったとき、藤山中佐は露骨に不快な表情をして、「おう、何しに来たのじゃ」と高飛車に言い放ったのですね。 (ウツボ)村上中尉が昨夜、浅間山麓の士官学校の演習地から上京してきたばかりだと告げると、「ご聖断が下ったのじゃからして、あまりお先走った真似はしぇん方がええぞ」と藤山中佐は言った。 (カモメ)それから藤山中佐は副官室に村上中尉を入れて、「官舎の方へ顔を出してみろ。誰か集まっているかも知れん。そこで話を聞いてみるのもいいだろう」と指示をしてくれました。 (ウツボ)陸軍省副官官舎を訪ねると、美貌の三十くらいの女が出てきて怪訝な顔つきをしたが、藤山中佐の名前を出すと、固い表情のまま村上中尉を中に案内した。 (カモメ)洋風の広い応接間に通されました。豪華な切子のシャンデリアがいくつも下がっており、部屋の感じとしては全体に薄暗く、体が沈みそうな柔らかいクッションはフワフワとして、固い木の椅子や大地に直接座りなれている村上中尉には、ひどく落ち着きが悪かったのです。 (ウツボ)気がつくと、ずっと窓際に先客がひとりいて、その姿は鉛の兵隊のように途方もなく小さく見えた。しかし、襟章のにぎやかな感じですぐに上官と判断したから、村上中尉は部屋を横切って挨拶をしにいった。そして勧められるままに、その男の向かいの椅子に腰をおろした。 (カモメ)彼は○○少佐だと名乗り、「どうだい、君ら若い将校たちは、今度のことをどう思っとるかね」と調子はきさくだが、油断のない犀利な目眸を村上中尉に注ぎ込みながら言ったのです。 (ウツボ)このとき、村上中尉は自分の信じていることよりも、相手が描き出そうとしている観念にできるだけ調子をあわせようと、用心深くゆっくりと言った。「……はい、どうにかしなければならない、と、まあ、そう思っとります」。 (カモメ)すると少佐は「どうにかしなけりゃならん、……ふん」と言い、微かな軽蔑の色を、歪めた口角に加えたのです。 (ウツボ)意外な少佐の反応に、村上中尉は、早呑み込みをしてまちがった答案を出してしまったときのように狼狽して、「いや、つまり……」と言いかけた。

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