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相変わらずの濃霧で周囲の景色はほとんど見えなかったが、「剣山」の山頂へ向かう一本の尾根道を、ただひたすら足元を見つめながら歩んでいくというのも、慣れてくるとそれなりに面白いものである。 たまに乗り越えていくピークなどで露出した岩や樹々を見ると、それだけで心が和み安らぐのであった。 なので、上のような「ミミズ」のデカい奴に出会ったりすると、「オゥ!元気でやってる?」などと、満面の笑みで愛でることになる。 ちなみに、イノシシの大好物でもあるこの長物は、日本最大のミミズの一種で「シーボルトミミズ」という名前だ。この青紫色の美しい光沢を放つ小動物の体長は、30cmを優に超えていた。 さらに歩いていると、往路でも出会った大きな岩塊と再会。そこで直感したのは・・・古くは太陽光を反射する「凹面鏡」としての働きを担っていたのではないか・・・ということであった。 上の画像は、同じ大岩の前方に回り込み、その真正面から「凹型の反射鏡」と感じた岩面の全体を撮影したものだ。 前回の日記で取り上げた「鏡岩」と同様の、おそらくチャート系の固い岩質だと思うのだが、岩面が少し上方を向いているため、長年月の浸食にさらされて今の姿になったのではあるまいか・・・。 この上の画像も、先の「凹面鏡」だったと思しき岩塊の、反対側から見た姿を撮影したものである。 この岩面の方向は東方面だったので・・・もしかすると「剣山」に連なる山々が見えた「天岩戸 立岩神社」に存在した巨大磐座とを結ぶ、古代の光通信による磐座ネットワークがあったのかもしれない。・・・などと、いつもの想像の翼が羽ばたくのであった。 ちなみに、地図上で「剣山」と「天岩戸 立岩神社」を直線で結ぶと、いわゆる縄文系譜の「夏至の日の出⇔冬至の日の入」の方位線を示していたことから、上記の着想も有り得る話だと言えよう。 ※関連記事・・・四国行脚の巻(6) いよいよ剣山の山頂に至る最後の尾根道を、名残を惜しみつつ振り返って撮影した画像が上である。 上に続く三枚の画像は、阿波の名峰「剣山(標高 1,955m)」の山頂を、感慨一入の想いで別々の角度から撮影したものだ。霧雨での剣山登拝は二度目だが、お陰さまで思い出に残る、意義深い登山となった。 思い返せば、山上を歩く道中は見事なほどの濃霧に包まれ、それゆえに周囲の展望は皆無だったが、霧雨にしても雨に打たれたわけではないので、それなりの疲労はあったが自身の体調に全く問題は無かった。 予約していた山頂部の宿泊施設には、予定時間よりかなり遅れて到着した。すぐに濡れた衣類を乾かしたり、掛け湯で冷えた体を温めるなど、いろいろと心身の態勢を整えてから、待望の夕食タイムを迎えた。 おそらく剣山の麓で採れた新鮮な食材が中心だったと思うが、どの料理もすべて、すこぶる美味かった。 さて、今回の「剣山登拝」の日取りを決定するに際し、その前提として約11年という太陽の黒点周期があった。 実は、今から2年前(2018年)の秋、何でも「剣山」の山上では黒点周期の約11年毎に、荘厳な「光の柱」が立つという噂を知り、次の新たな周期の始まりが2020年と分かったことから、できれば今年中に「剣山」に登って山頂で宿泊し、その天地を貫く「光柱」を体感したいという思いが湧くのであった。 加えて2020年の今年は、さらに大きな天体周期の始まりと重なることを知って、上に記した意欲が俄然高まることになり、その想いが今回の「四国行脚」におけるメインイベントとして実現したのである。 その旅路の計画当初、その剣山の山頂部にある宿泊施設に、「いつ」泊るかについて思案したわけだが、意外とすぐに旧暦8月1日(新暦9月17日)と決まるのであった。 その背景には、熊本は天草の「不知火(しらぬい)」という不思議な発光現象があるのだが、それは毎年旧暦8月1日の闇夜に、八代海の海上で発生するとの伝承があった。 つまり、天草地域と同じく「中央構造線」の断層地帯にある「剣山」で、周期的に発生するという噂の「光の柱」も、「不知火」と同様の発光現象だと解釈すれば、旧暦8月1日の「新月」が2020年の宿泊日に相応しいと直感したということだ。 さらに俯瞰すれば、剣山に立つ「光の柱」にしても天草の「不知火」にしても、「太陽」・「地球」・「月」という三つの天体周期が相互に絡む結果として、双方の地域に関わる「中央構造線」の断層から発生する”電磁気的な現象”なのだろうという発想が、宿泊日の決定につながったというわけである。 ところで、当日9月17日(木)の「新月」の時刻は、午後8時頃であった。食事を終えて宿泊部屋に戻り、その新月の時間帯に合わせるかのように何をしたかというと、上の画像に映る「十角形」の立体造形を、部屋に置かれたテーブルの上で作成したのであった。 「いつ」でも「どこ」でも作れるように、予め仕込みを済ませた手作りの「綿棒工作キット」を持参していたので、計100本を超える綿棒で構成するこの「立体十角形」は、約30分で制作することができた。 ☆関連記事・・・「立体工作」のご案内 (綿棒で立体を作ってみよう!) そこで、なぜこの「十」に纏わる造形を、特別な年の新月に剣山山頂という限定された時空で作ったのかと、今更のように心中へ問いかけてみると、答えにならないような答えが返ってきた。しかしながら、それが「今の答え」ということで、以下に記しておこう。 ◎「数霊(かずたま)」・・・【(〇)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 】 ◎「言霊(ことだま)」・・・【(ン)ア カ サ タ ナ ハ マ ヤ ラ ワ 】 ◎「形霊(かただま)」・・・上記の「数霊」として示した「十」の数理に別格の(〇)と、また「言霊」として示した「十」の言葉に別格の(ン)と、それぞれ十個からなる「数霊」と「言霊」を統合する「形霊」として、あの時その場で【 立体十角形 】を作成した。 この【 立体十角形 】にある全部で「十」の頂点に、それぞれ「十」の数理と「十」の言葉が和合して乗り移り、共に別格となる(〇)と(ン)は、図形の中心に宿り全体を統括するのである。 ※関連記事・・・破竹(八九)の勢いで、自由(十)の世界へ… ※関連記事・・・「岩戸開き」の呪文 〔 追 伸 〕 日本の紋章で「数」に纏わる紋といえば「七曜紋」が有名だが、その形状は中心の〇の周囲に、同じ大きさの六つ〇が描かれた紋章で、全体として六角形状なのに中心の〇も数に入れて、名称を「七曜紋」としている。 以上のことから、この「十角形」を日本的な「数」で解釈すると、中心も数として加えるので「11」を意味する形となる。そこで「11」とくれば、やはり太陽の黒点周期である約11年の「11」との関連がうかがえるわけだ。 以上の背景があって、剣山に「光の柱」が立つとの噂から導き出した年月日の、しかも「新月」の時間帯に、剣山山頂において「11」を象徴する【 立体十角形 】を作ることになったのだと、ここで改めて俯瞰してみると、自分としても妙に合点のいく今日この頃である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年10月25日 13時50分11秒
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