|
カテゴリ:オランダ社会・文化・風俗
「どうして、ニッポンってこうなの?」
知ってるようで、知らないニッポン。 自分の国なのに、他の国の人に質問されるとタジタジ。 さあ、どんな難問・奇問・質問がまちかまえているのか! 「ニッポンのナゾ」とは?? オランダ語の学校にいくメリットはいろいろある。 クラスメートと、いろいろ話すのは気分転換になる。 いろんなニッポンに関する難問・奇問・質問をされて結構笑える。 一応、この学校は、政治的、宗教的な活動やキャンペーン、 他の生徒が、不愉快になるような行為、脅迫は禁止されている。 当然といえば、当然だが、民族、宗教、国が違う人間が集るところ では、こういうルールを厳しくする必要がある。 米国に留学していた頃、よく聞かれた質問。 米国人「クルマはあるか?」 パ「貧乏学生だから、持っていませんよ」 米「いや、ちがう。日本にクルマは、何台あるのか?」 パ「ホヘッ?」 米「日本には、コンピューターなんてものはないだろう?」 パ「ホヘッ?」 つまり、その人は、日本は熱帯に浮かぶ、バナナとココナッツだけがとれる小さな島だと思っていたらしい。 50年代ならともかく、日米貿易摩擦が激しくなってきた80年代の話である。 その人は、「TOYOTA」のクルマ。奥さんは「HONDA」。 彼の子供は、「NINTENDO」で遊んでいるし。 彼は、「TOSHIBA」のコンピューターを持っていた。 オーディオ機器は、全て「SONY」。 まだまだあったけれど、一つ一つ、これは「MADE IN JAPAN」なんだと説明した。 日本には、資源がないけれど、こういった付加価値の高い商品を生産して、輸出しているんだと説明。 彼は、すごく、すごくビックリ。 「キミはえらい。よく勉強している」とお褒めのお言葉を頂戴した。 こんなの、勉強しなくたって、誰でもわかりそ~なんだけどなぁ~。 もっとも、当時の米国人の一般的なオジサン達はこの程度の認識だった。 日本学を専攻している米国人の友人達に、こんな話しをしたら もう大爆笑。 「そうなんだよ。アメリカ人ってそのテイドなんだよね」 「『ニッポンには、バナナやココナッツしかないのに、なぜだ!』 『絶対に、裏でごまかしているだろう!』て思い込んでいるんだよね」 と苦笑していた。 というわけで、80年代の米国で、鍛えられたせいか(?)、 日本に関して、どんな、タフな政治・経済問題(?)の質問にも答えられると自負していた。 フランス人のクラスメート。 彼女はフランスでは、旅行業に携わっていた。 日本人の旅行の手配を、よく担当していた。 「プライベートなことかもしれないけれどね」 と一応、気を使いながら・・・ 「日本人の夫婦の宿泊先の手配をするとき、別々の部屋か、別々のベッドを手配してほしいっていわれるのよ。あれは、どうして?ほとんど、そうなのよ」 アメリカ人のクラスメート。 「そうそう。アメリカに住んでいる日本人の家に行くとね、夫婦で別々のベッドか、真中に子供のベッドがあるのね。すご~い、不思議!だって、まだ若いのよ。20代とか、30代とか。 どうやって、毎晩すごしているのかしら。 寝室は見せたくなかったらしくて、実は気まずかったかも」 インドネシア人のクラスメート。 「日本では、セックスレスの夫婦が増えてるって、何かで読んだわ」 アラブ系のクラスメート。 「でも、日本人って規律正しいだろ?自己抑制をする訓練を、小さい頃から躾られているから、平気なのかな?」 でもって、各国の夫婦・パートナーの寝室の話題に。 クイーンサイズ、キングサイズといろいろサイズは違っても、 各国、夫婦は同じ部屋の同じベッド。 ちなみに、筆者と相棒は同じベッドで。 長男は子供部屋で寝ている。 「それって、ニッポン的じゃないでしょ?」 と一斉に、質問の矢が飛んでくる。 なぜ、「ニッポン」らしくしないのか? なぜ、「ニッポン」の風習に従わないのか? そこで、「HIKIKOMORI(引きこもり)」の話題へ。 筆者の周りでは、「引きこもり」の人を知らない。 オランダで、BBCのドキュメンタリーをみるまで、全く知らなかった。 「それって、ニッポンじゃないわ。 あなた、本当にニッポンからきているの?」 筆者は、60~70年代の典型的なニッポンで、生まれ育ち、 ニッポン語で、ニッポンの教育を受けた典型的なニッポンからきた 人間だと思っていた。 ニッポンって何だろう? 何がニッポン的で、何がニッポン的じゃないか、フト悩む秋の夕暮れ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2004年09月05日 07時24分18秒
[オランダ社会・文化・風俗] カテゴリの最新記事
|
|