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カテゴリ:教授の読書日記
平井隆太郎著『うつし世の乱歩 父・江戸川乱歩の憶い出』(河出書房新社)を読了しました。 この本、サブタイトルが語っている通り、乱歩の息子さんである隆太郎さんが、「父親としての乱歩」を語った本です。ま、私は乱歩の熱烈なファンというわけではないんですが、彼のライフスタイルには興味が・・・というか、憧れがあるので、この種の乱歩本には弱いんですね。 でまあ、読んでみますと、家庭人としての、あるいは、父親としての乱歩というのがよく分かります。ま、それほど変な父親って感じではなく、むしろごく普通の父親像なんですけどね。 たとえば、乱歩は子供をあやすのが苦手だった、なんて話が書いてある。決して子供は嫌いではないのだけれど、どうやって子供の相手をすればいいものか分からず、息子の隆太郎氏に対しても、たまに肩車してやるのが精々のところだった、なんて話を聞くと、可愛いお父さんだなあ、という気がしてきます。隆太郎氏の名前を呼ぶのすら気恥ずかしさがあるのか、ごく小さい時は「坊主」、長じてからはその都度まごつくようで、しまいには「これ、隆太郎」と芝居がかった呼び方をして、隆太郎さんから「お父さん、やめて下さい」と言われてしまう、なんてのも微笑ましい話です。 また子供に対する気恥ずかしさ、ということを示すエピソードとして、大人になった隆太郎氏が立教大学に勤めていた頃、乱歩は隆太郎氏のいないところで、奥さんに向かって「ところで隆太郎は、もう教授になったのかね」とこっそり尋ねた、なんて話も載っていますが、子供のことを気にかけながら、直接は聞かない(聞けない)乱歩の照れ屋ぶり、いいですなあ。 そうかと思うと、子供のために買ってきた顕微鏡やら鉄道模型なんかに自分が夢中になって、子供そっちのけで遊んでしまう、なんていうエピソードは、いかにも乱歩、という感じがしてきます。 また乱歩は完全な夜型人間なので、家人とすれ違いの生活が多く、そのため隆太郎氏も乱歩と顔を合わせることは少なかったそうですが、それでも人生の要所要所ではよいアドバイスをくれた、なんて話を読むと、父親なんてそれでいいんだよな、と思えてくる。父と子の接点が少なければ少ないなりに、たまに言葉を交わしたことが、長く息子の脳裏に焼きつくんでしょう。 また、創作中は、それこそ「鶴の恩返し」ではないですけど、誰も部屋に寄せつけないようにして書いていたという話なんてのは、乱歩らしいなと思いますし、その一方、原稿の締め切りに追われ、捩り鉢巻で執筆中であるべき乱歩の様子をこっそり窺うと、案外別のことをして遊んでいた、なんて話も、楽しくなってきます。何だか、私の知っている誰かさんとそっくりじゃないですか! それにしても乱歩というのは遅筆だったらしく、創作の苦しみというのは相当なものだったようですね。また、作品を仕上げれば仕上げたで、「あれは外国の○○という作家の真似だ」などと批判されるものだから、乱歩にとってものを書くということは余程の苦痛だったようです。それだけに、彼の作品を批判することなく喝采をもって受け入れてくれる子供の読者は好きだったようで、彼が「怪人二十面相」などの少年物の作品を書き続けたのも、そういう乱歩の繊細な神経のなせる技だったらしい。 で、そんなふうに繊細な側面を持っていると同時に、乱歩には親分肌的なところもあって、たとえば推理作家協会の運営だとか、町内会の運営などには嫌がらずに係わる、なんて側面もあったようですから、人間というのは複雑なもんですな。作品が売れて羽振りがよかった頃は、よく後輩たちを連れて銀座や新宿を飲み歩き、数センチの厚みがあった財布がペチャンコになった、なんてこともあったようです。 で、そんな風に若い連中と遊びながら、「今日は何か楽しいことはないかな」と楽しげに言うのが乱歩の口癖だったといいますが、しかしお開きになる頃には、「結局、今日も面白いことはなかったな」とがっかりしたように口にするのが毎回のことだったのだとか。楽しいことを求めて、いつもそれに失敗する寂しさ・・・。この辺にもまた、乱歩の内面を知るための手がかりがありそうです。 とまあそんな感じで、普段着の乱歩ってのはこういう人だったのか、ということを知るためには、この本、気軽に読めていいですよ。ただ、この本は書き下ろしではなく、あちこちに発表した隆太郎氏の回想録を編集した本なので、随所に重なる部分があり、「この話、さっき読んだ」という部分にしばしば出くわします。その辺が、難といえば難でしょうか。 それから、この本には乱歩の奥さんである隆(りゅう)さんの文章も少しだけ載っているのですが、私の見るところ、こと文章に関しては隆太郎さんより隆さんの方が上です。さすが乱歩の奥さんだけあって、相当筆の立つ人だったのではないでしょうか。 その隆さんの文章の中に、こんな一節があります: 常々、考えていることなのですが、夫婦の生涯というものは、けっきょく知り合ってから結婚するまでの経過の繰り返しにすぎないものじゃないでしょうか---。つまり、交際の期間におたがいに感じたことがすべてなのです。私なども当時、ぼんやりとしか感じられなかったのですが、永い年月がたっても、主人に新しい性格を発見することはなく、その当時、はっきり捕らえられなかったものをあらためて認めるだけでした。(188頁) いや~。すごい文章、というか、恐ろしいような洞察じゃないですか。こういう文章を書く人だからこそ、乱歩の奥さんが勤まるんでしょうなあ。 てなわけで、全体としてものすごく感心した本ではありませんが、乱歩という人物に興味のある方には、それなりに面白く読める本ではあります。その意味の限定付きではありますが、教授のおすすめ!としておきましょうか。 これこれ! ↓ うつし世の乱歩 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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