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テーマ:暮らしを楽しむ(385183)
カテゴリ:教授の読書日記
山村修のエッセイ、『禁煙の愉しみ』(新潮OH!文庫)を読了しました。 この本、まず冒頭の一行がいいんですよ。「禁煙というものは、ミルクのように白い、いい匂いのするクリーム状のものである」・・・。こんなステキな文章で始まる「禁煙本」(というジャンルがあるとして)、読んだことあります? これは山村氏が27年間、概算しておよそ30万本のタバコを煙にした挙げ句、禁煙を始めたことと、その後に起こった様々な出来事について語った本なんです。が、もちろんこれは並みの禁煙本ではありませんから、山村さんが禁煙を始めたことにしても、別に「健康のため」とか、そういうことではまったくない。 じゃ、なんで彼が禁煙したかというと、禁煙というのは、そもそも喫煙者でなければできない経験だから、なんですな。山村さんは、子供の頃、喫煙していなかった。その後、喫煙者になった。だから次に「禁煙者」という新たな扉を開け、その向こう側にある世界が見てみたい。ただ、それだけのために、彼は禁煙を始めるんです。 もちろん、何しろ27年間の喫煙経験の後ですから、彼は猛烈な禁断症状に襲われます。かつての山村さんは、この禁断症状と必死で戦い、いつも敗北を喫してきた。だから、今度は戦うのを止め、襲ってくる波のうねりのような禁断症状に、サーフィンのように乗ってしまおうと思うわけ。 その具体的な策として、禁断症状の先手を打って、自分でも意表を突くようなことをやり始めるんです。例えば、パスタマシンを買って自分で生パスタを作ってしまうとか。あるいは、ひょうたんを自作してしまうとか。あるいは一流のシテ師に謡曲を習ってしまうとか。あるいは奥さんを連れて吉野桜を見に行ってしまうとか。あるいは、聖書を読み始めるとか。とにかく、こういった様々なことにトライするうちに、禁煙する前には思ってもみなかった新しい自分を発見していくわけ。 つまり先にも言ったように、禁煙とは、山村さんにとって、新たな未知の領域への扉だったんですな。そこに何があるか分からないけど、とにかく冒険が待ち受けている、そういうものだった。 もちろん、そういった行動的な側面の他に、山村さんは古今東西の禁煙本に言及し、禁煙をめぐる考察を深めていくのですが、まさに思考と行動によって、禁煙という人類だけが手にすることのできる稀有な経験を味わい尽くすわけです。 なんかね、もう、読んでいるとすごい迫力ですよ。まったくジャンルは違うとはいえ、ジュリアン・バーンズの傑作、『フロベールの鸚鵡』を読んだ時に近いような読後感といいましょうか。 とにかく「禁煙」をテーマにして、ここまで人間経験の内奥を垣間見せることができるか、というような本です。素晴らしい! 山村修の『禁煙の愉しみ』、教授の熱烈おすすめ!です。 これこれ! ↓ 禁煙の愉しみ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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