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カテゴリ:教授の読書日記
「SFショート・ショート」なるジャンルを開拓した作家・星新一さんが、自らの父であり、星製薬の創業者でもあった星一さんの前半生を綴った『明治・父・アメリカ』(新潮文庫)を読了しました。 ま、伝記として出来がいいかどうか、ということになれば、私はこの本をそれほど高くは買いません。むしろ書き手が星新一であるということからすれば、案外平凡だなあという気さえする。 しかーし! 書かれている内容、すなわち星一さんの前半生の波瀾万丈が非常に面白いので、書きぶりがどうのということはまったく気になりません。それほど、星一さんの前半生はエキサイティングなんです。 まず彼が幼少の折、友人の放った弓矢が運悪く当たって片目を失明してしまった、ということからしてなかなか大変な人生のスタートです。しかし、そんなことに怯むことなく勉学に励み、12歳にして小学校教諭となるところがすごい。ま、明治時代というのは、そういうことが罷り通る時代でもあったわけですが。 しかし、福島の田舎の小学校教諭よりもさらに広い世界に出て行きたい大望を抱いた星少年は、捌けた父親の理解もあり、やがて東京の商業学校に進学、そこで「天は自ら助くるものを助く」で知られる『西国立志編』に出会い、自分の力で大きな仕事をなし遂げることを志し、アメリカへ行くことを目指すようになる。 しかし、そこで彼は安易にアメリカには行かないんですな。向こうに行けば、当然日本のことや、日本の文化のことを聞かれるに違いない。しかし、それにはまず自分が日本のことを知っていなくてはならない。富士山より西に行ったことのない自分に、そんな問いに答えることは出来ない。そう考えた星一は、西日本を自分の目で見るべく、古本の行商などをしながら徒歩で大阪や九州まで、果ては沖縄まで足を伸ばして見聞を広め、その過程で様々な人脈を築いていくんです。また、護身術として柔術を習ったり、生け花まで習っている。そういう準備をして、ようやくサンフランシスコへ向かうわけですよ。 ところが向こうについた途端、同胞に騙されて持ち金をすべて失ってしまうという災難に遭遇。文字通り無一物となった彼は、それでも腐ることなく、アメリカ人家庭の住み込みの召使となって糊口をしのぐのですが、目のハンディキャップゆえ失敗続き。しかしやがて正直な働きぶりと持ち前の機転によって次第に信用を得るようになり、少しずつ地歩を固め、当初の目的であった東部の大都市ニューヨークへ出るだけのお金を貯めるまでになる。 そして今度はニューヨークで機転を利かせた仕事ぶりで学費を貯めると、名門コロンビア大学に入学、経済学や統計学を学ぶようになるのですが、何せ当時アメリカで学ぶ日本人など数も少ないですから、彼の地を訪れる日本の政財界の大物たちが星の力を借りに来るし、また星もまたこの要請に見事に応えるなどして、思わぬ人脈を次々と作っていくわけ。実際、星がアメリカで交渉を持つ日本人というのがすごくて、新渡戸稲造、野口英世、後藤新平、伊藤博文・・・といった具合。で、こういう連中の手伝いをし、日清・日露戦争に揺れていた当時の日本とアメリカの架け橋として、八面六臂の活躍をしたのが20代の後半だったというのですから、これを波瀾万丈の人生と言わずして何と言いましょうや。この他、杉山茂丸といった異能の人や、高橋健三という高潔な人物との交流、津田梅子の妹と婚約までいった話、パリ万博で川上音次郎・貞奴の一行に出会う話など、まあ面白い、面白い。 まあね、こういうことが可能だったのも、結局「明治」という時代のせいもあるんでしょう。これが現在であれば、たとえコロンビア大学に留学していたって、洋行した福田首相に会えるというもんでもないでしょうし。才能があれば、上の連中がどんどん引き立ててくれる、そういう時代だったんでしょう、明治という時代は。 また、星一が向かったのがヨーロッパの先進国ではなく、アメリカだった、というところも、良かったんでしょうな。たとえ最初のうちは東洋人として差別的に見ていても、その自分の才能と努力と正直ささえ示せば、アメリカ人はそれを認めて受け入れてくれる。そういうアメリカの善き実力主義や気さくさが、星一のような人には合っていたんだろうと思います。 とにかく、星一さんの立志伝、痛快です。面白い! ちなみにこの本は星さんが一応、アメリカでの生活を終え、日本に帰って来たところで終わります。この先星さんは、星製薬を創業し、日本で新たな立志伝を打ち立てていくわけですが、その辺は同じ星新一さんの『人民は弱し 官吏は強し』(新潮文庫)に描かれているのだそうです。こちらの方も相当面白そうですので、私もいずれ読んでみようと思います。 というわけで、今日は星一さんの痛快な青春絵巻を読んで、いささか鼻息の荒いワタクシだったのでありました。今日も、いい日だ! これこれ! ↓ 明治・父・アメリカ改版 人民は弱し官吏は強し改版 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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