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テーマ:本日のお勧め(385840)
カテゴリ:教授の読書日記
ジェフリー・ディーヴァーの『The Broken Window』を読了しましたので、心覚えを付けておきます。以下、ネタバレ注意ということで。 これ、肢体不自由の捜査官、リンカーン・ライムを主人公にした作品なんですが、今回、ライムが追うのは、アイデンティティー窃盗のプロ。 情報化社会の中、例えばクレジット・カードを使えば、買い物の記録が残りますし、携帯を使えば、どこにかけたか、誰と話したかの記録が残るばかりか、その時、どこに居たかも記録として残ってしまう。そういう情報を日々蓄積して行けば、個人の経済状況や嗜好、さらには思考の傾向までも明らかにできるようなデータの集合体が完成する。 で、そういう個人情報を完璧に集める会社として、本作には「SSD」という会社が登場します。この会社は非合法すれすれでありとあらゆるアメリカ人の個人データを収集しており、その情報から引き出せる個人の嗜好傾向を、他の会社に売ることで利益を上げている。 で、このグレーゾーンの会社が存在できる理由は、SSDの顧客リストにアメリカ政府があるから。政府はSSDの情報バンクを利用し、例えばテロリストなどの洗い出しに役立てているわけ。それだけに、SSDの違法性は、大目に見られているところがある。 ところが、このSSDの持つ個人情報を使って、犯罪が行われるんですな。 犯人は特定の個人の情報、例えば趣味や出身地や出身校などの情報を得ることで、その人に近づいて親しくなり、油断させたところでその人の所有物を奪い、殺害したりする。その一方、それとはまた別の人間の情報を活用することで、その人をこの犯行の犯人に仕立て上げるわけ。犯人に仕立てられた人は、まさに冤罪を被るわけですが、何しろ犯行現場にはその人の靴跡、その人のよく使うモノが残されており、その人のDNAを特定する髪の毛や体液が残されているので、裁判では有罪になってしまうんです。で、真犯人は、まったく疑われることなく、次の犯行を犯すことが出来る。この真犯人は、異常なまでのコレクターなのですが、彼はそうやって、被害者のコレクションをしているわけ。 で、何と、この情報窃盗犯の何番目かの冤罪被害者に、リンカーン・ライムの従兄弟であるアーサー・ライムがなってしまい、殺人犯の容疑者に仕立て上げられたことで、リンカーンがこの事件に介入することになると。 リンカーン・ライムは、犯行の性質上、SSDの社員の誰かがこの犯行を行なっていると読むのですが、SSD社のセキュリティが非常に厳重なため、犯人がどうやって情報を持ちだしたのかが分からない。しかもSSDの社長のアンドリュー・スターリングは、捜査に協力的であるものの、ちょっと得体の知れないところがあり、また彼の部下たちとなると、これまたどいつもこいつも一癖ありそうな人物ばかり。また、捜査の手がSSDに伸びたことで、当然、犯人も警戒し、捜査の進行を逐一チェックしているらしい。 そこで一計を案じたリンカーン・ライムは、犯人をおびき寄せるために一芝居うち、身内の捜査官をコンピュータ犯罪研究の第一人者ということにして、犯人が彼を襲ってきたところで逮捕することにするわけ。 ところが敵もさるもの、これがライムたちの芝居だと見ぬき、この芝居に引っかかったと見せかけて、別な捜査官を拉致。そしてこの捜査官を拷問することで、逆にライムを始め、アメリア・サックスやロン・セリット、ロン・プラスキなど、「ライム組」の捜査官たちを特定し、彼らの個人情報を操作することで、彼らを捜査活動のできない状況に追い込んでしまう。 そして、ついに犯人はライムの最愛のパートナー、アメリアを拉致することに成功、彼女を殺し、さらにライムの世話人であるトムも拉致・殺害して、リンカーン・ライムを破滅へ追い込む計画を、着々と進行させていく。 さて、リンカーン・ライムは、この情報操作の達人、「何でも知ってしまう男」を、逮捕することができるのでしょうか?! というような話です。 ディーヴァーの作品の最近の傾向として、「情報化社会における犯罪」を扱うことが多くて、『The Blue Nowhere』も情報窃盗の話でしたし、また「あまりにも身近過ぎて、使わずにはいられないモノ」を犯行のカギとした作品として、電気を操る犯罪を描いた『The Burning Wire』がありますが、結局、『The Broken Window』も、人々が身近に使っている便利なものを通して個人情報が収集されてしまうことの恐怖を描いているわけですから、ディーヴァーの最近の関心事を作品化した、というところなんでしょう。とりわけこの作品では、「情報は力だ」ということがクローズアップされていて、その力を犯罪に使われたら、ひとたまりもないよね、という部分を、上手にサスペンス化しております。 ところで、一方でそういう最新の犯罪を描きつつ、もう一方で、この小説では別の葛藤も描いておりまして。 実は今回、リンカーンが助ける従兄弟のアーサー・ライムという人物と、リンカーン自身との微妙な関係が焦点の一つなんです。 少年時代から仲が良かったリンカーンとアーサーですが、大学受験に際し、アーサーが希望通りMITに合格したのに対し、リンカーンは不合格となり、仕方なくイリノイ大学に進学することになってしまうんですな。しかも、これと同時期に、リンカーンの恋人だった女性が、アーサーとデートしているという噂をリンカーンは耳にすることになる。つまり、リンカーンは理想の進学先と恋人を、共にアーサーに奪われることになる。これが二人の不和の始まりだった。 しかも、それだけならまだ良かったんですが、この話には続きがあるんです。 実は賢く、自分の父親(リンカーンにとっては伯父)の信頼も厚いリンカーンに対し、劣等感に苛まれていたアーサーは、リンカーンの高校で事務員をしていたリンカーンの恋人を騙してリンカーンが大学入試用に作成したエッセイを盗み出し、これを自分のものと差し替えてMITに提出、そうやってMITに合格していたんです。つまり、非常に古いというか、トラディショナルなやり方で、アーサーはリンカーンの「個人情報窃盗」をしていたわけ。 が、そのことでリンカーンはMITに落ち、恋人とも別れてしまって、ある意味でその後の人生が変わってしまった。で、大分大人になってからそのことを知ったリンカーンは、アーサーを呼び出してなじるのですが、それに対してアーサーは、リンカーンが自分の父を自分から奪った(と、アーサーは思っていた)ことで、リンカーンに対してずっと怒りを感じていた、と。彼にひどい仕打ちをしたのは、その報復だった、と逆にリンカーンをなじるんです。 この作品には、そういったリンカーンの過去の苦い思い出も詰まっているんですな。 ということで、この作品、色々な意味で面白いです。リンカーン・ライム独特の捜査手法、「forensics」があまり活用されないという点で、ディーヴァーのリンカーン・ライムものの中で最高というわけではありませんが、ディーヴァーの作品につまらないものはないですからね。設定からすると、『The Cold Moon』(邦題は『ウォッチメイカー』)の後に来る作品ですので、『ウォッチメイカー』を先に読んでから、この作品を読む、というので、如何でしょうか。 これこれ! ↓
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