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カテゴリ:教授の読書日記
岩崎夏海さんの『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。
「もしドラ」と略称されるほど売れた本ですので、小説として既に読まれた方も多いだろうし、アニメ版、映画版で観たという人もいるかも知れませんが、偏差値の割と高い東京郊外の都立「程久保高校」の野球部のマネージャーになった川島みなみという女子高生が、野球も素人だし、マネージャーもやったことないので、とりあえず本から知識を得ようと、ドラッカーの『マネジメント』を買ってしまった、というところから話が始まります。 題名が『マネジメント』だからきっと良いマネージャーになるコツでも書いてあるのだろうと思いきや、ドラッカーのこの本は経済の話・・・というか、より具体的に言えば企業の運営の話。もちろん高校野球とは何のつながりもない。 だけど、賢い女子高生のみなみちゃんは、高校野球のチームも、まあ一種の企業みたいなものだろうと見做し、この本をベースにマネージャーの仕事をこなしてみようと決意する。 で、ドラッカーによれば、企業マネージメントの最初の一歩は、その企業の使命というか、その企業は何をするために存在しているのかを考えることだとある。 そこでみなみちゃんは、高校野球は何をするために存在しているのかをまず考える。もちろん、「野球をすること」という答えはNG。ドラッカーによれば、企業の使命は、顧客がその企業に何を期待しているのか、という観点からしか答えられないからです。 では高校野球の顧客ってなんだろう? そう考えた時にみなみちゃんは、それは野球をやっているメンバー一人一人であり、そのメンバーの所属するチームであり、チームの所属する高校関係者であり、ひいては高校野球ファン全員であるという答えを導きだし、そこから高校野球の使命とは、この人たち全員に「感動を与えること」だと喝破する。そして、その使命を果たすためにこのチームがやるべきことは、「甲子園に行くこと」であると結論付けるわけ。 で、こんな具合にドラッカーの『マネジメント』を手引きとしてチームの目標を定めたみなみちゃんが次に取組んだのは「マーケティング」なんですな。そこで彼女は、親友であり、マネージャーとしてはみなみの前任者でもあり、今は入院して闘病中の宮田有紀に頼んで、彼女を見舞うという口実の元、野球部員全員が今、何をどんな風に考えているのか、聞き出してもらうことにする。これを把握していないことには、企業としてのチームは一歩も前に進めないと。 また『マネジメント』によると、企業が成功し、成長していくためには、従業員が「働き甲斐」を持っていることが鍵になってくる。そこでみなみちゃんは、聞き取り調査によって野球部員の一人一人や監督、それに他のマネージャーのそれぞれの考えを把握した時点で、今度は彼ら一人一人に「働き甲斐」を与えるべく、個別に、そしてそれぞれの考えに合わせた課題を与えるんですな。 例えば、足の速い部員には、他の部員に対して「走塁指導」をさせるとか。ただし、『マネジメント』によれば、人は自分の仕事を自分で管理できる状態の時に最もやる気を出すそうなので、指導の内容などにはマネージャーは立ち入らず、全て自主管理でやらせる。つまり、自主性を信頼しながら、責任も持たせる、というわけ。またこういうことを通じて、チームのメンバー一人一人に、「自分はチームの総合力向上に貢献している」という実感を持たせると。 またみなみちゃんは、もう一人のマネージャーである文乃のアイディアをくみ上げ、チームを3分割し、この3つの小チームの間に競争原理を導入する、なんてこともやります。これによって今までは退屈だった毎日の「練習」が、小チーム間の競争となり、一種の「試合」のようになるので、それが楽しくてチームの日々の練習が俄然楽しくなってくる。 ま、そんな感じで、以前はやる気のない、部員同士の協力体制のない、監督と部員のコミュニケーションのない、ダメダメなチームだったのが、次第に団結を強めていき、それに従って練習試合などでも成果が上がってくるわけ。またそれに伴って、高校内部でも野球部の改革が注目されるようになり、オーケストラ部とかチアリーダー部が野球部の対外試合などをサポートしてくれるようになり、シナジー効果も出てくると。 だけど、その程度では強豪私立高校の多い西東京ブロックで勝ち抜いて甲子園出場するなんて夢のまた夢。 そこでみなみちゃんは次の一手を考える。 ドラッカーの『マネジメント』によれば、企業にとって重要なのはマーケティングとイノベーション。マーケティングに関しては既に成果を挙げてきているので、次の一手はイノベーションであると。 そう考えたみなみちゃんは、高校野球にとってイノベーションとは何かを考えだします。そしてその結果、今、当然のように行われているけれども、やや時代遅れになりつつある野球戦術を革新することを思いつく。やり玉に挙がったのは、「送りバント」と「ボール球を打たせて取る野球」。そこで程久保高校野球部では、送りバントを戦術から外し、その代りに徹底的に相手ピッチャーのボールを見きわめ、ボール球につられないようにする練習をするんですな。また味方のピッチャーも相手バッターに対してボール球を投げ、打たせて取るのではなく、常にストライクを取りにいく投球を心掛けることとしたわけ。 常にストライクを取りに行くとなれば、当然、打たれる可能性もある。しかしこの作戦が奏功すれば、ピッチャーの一試合当たりの投球数は減るので、2人しかピッチャーの居ない程久保高校としては、ピッチャーの負担を軽くするメリットはある。みなみちゃんはそこに賭けるわけ。 で、そんな風にして程久保高校は快進撃を続け、いよいよ甲子園出場を賭けた決勝戦まで辿り着く。しかし、この重要な場面で、それまでチームにとって、あるいは川島みなみにとって心の支柱となっていた、前マネージャーの宮田有紀の病状が急変! そしてそれを機に、ここまで『マネジメント』を基にチームを引っ張ってきたマネージャー・川島みなみの心の真実も明らかに! 果たして宮田有紀は助かるのか?! 川島みなみの秘めた思いとは?! そしてチームの甲子園出場は??!! ・・・的なお話。 まあね、アマゾンなんかのレビューを読むと、こんな都合のいい夢物語なんてちゃんちゃら可笑しい、とか、小説としては児戯に等しく、最初の二行からして噴飯ものとか、色々言われております。ま、それは確かにそうなんだよね。 だけど、この小説(?)の狙いとしては、ドラッカーの『マネジメント』は、人間の生活のどの側面にも当てはまりますよ、ということが言いたいための寓話を作ろうとしているだけなので、小説としての完成度からこれを腐してもあまり意味がないのかなと。 要するに、これはドラッカーの大著『マネジメント』の変則的な入門書なのであって、それを、高校野球と結びつけたという一点において、異様なまでにユニークなのではないかと。つまり「着眼勝ち」ですな。 いやあ、勝ちも勝ち、大勝でしょう。だって、これ280万部売れたんでしょ。そして漫画にもなり、映画にもなり。著者の岩崎夏海さんは一体、これでいくらお儲けになられたのか。その意味では、ドラッカーの『マネジメント』を読み込めば、それだけ儲かるということであって、それだけで『マネジメント』という本の有効性が確かめられたようなもんだ。 だって、岩崎夏海さんは、顧客(=読者)を「マーケティング」して、こういうものが読みたいのだな、ということを察知し、ドラッカーの難しい本を高校野球小説の形に仕立て直すという「イノベーション」をやってのけ、その両輪で大成功したのだから。 ということで、私、この本はスゴイと思います。世界のどこ探したって、ドラッカーの本を高校野球と結びつけ、しかも小説/アニメ/映画のメディアミックスで紹介した本なんかないよ。っていうか、これをアメリカで真似して、バスケットボールのチームの成長譚として小説化したら、もっとすごいことになると思う。『アメリカの高校バスケットボールチームのチアリーダーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』。 めちゃ売れそうやん!!
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