|
カテゴリ:教授の読書日記
アレクシー・カレルが書いた『ルルドへの旅』っちゅー本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。
ルルドって、まあ、知っている人はよく知っているでしょうけど、フランス南部にあるカトリックの聖地でありまして、19世紀後半に聖マリア様が現われ、以来、ここの泉の水を飲んだり、水浴したりすると、病気が治ってしまう奇跡が起こるというので有名なところ。今でも、医者に見放された重病患者さんなんかが訪れるところで、私の研究対象である(あった、かな?)フラナリー・オコナーというアメリカの女流作家も、紅斑性狼瘡という死病に悩み、ここを訪れたりしております。結局、39歳で死んじゃったけどね。 で、アレクシー・カレルというのは、フランスのお医者さんでありまして、それも1912年に39歳という若さでノーベル賞もらっている人。 で、カレル君は、フランス人だけに元々はカトリック信者だったのですが、科学者でもあるので、だんだん不可知論者となり、神さまがどーのこーのっていう話にはあんまり気が乗らなくなっていたんですけど、ルルドで奇跡的な治癒が数々報告されるもんで、科学者として自分の目でそれを確かめようと思ったわけ。 で、実際に行ってみたわけさ、ルルドに。 そしたら、他の医者もそう見立て、自分自身もこれは明らかに重篤な結核性腹膜炎の患者で、危篤状態にあると診断した若い女性が、たった一回、ルルドの泉を浴びただけで、なんとその日のうちに健康を取り戻してしまったのを見てしまうわけ。科学者である自分の目の前で、奇跡が起こったと。 カレルも最初は、「泉の奇跡っていうのは、多分、ヒステリーとか、その種の精神疾患に効くかも知れないけれど、器質性の病気にはさすがに効かんだろう」って、多寡をくくっていたんですけど、自分自身が「危篤」と診断した娘さんが数時間で健康になったとなると、さすがに信じないわけにはいかなくなり。 で、その顛末を、(ここが意味分らんところなんだけど)小説仕立てにしたと。小説の中では、自分の名前であるカレル(Carrel)の綴りを逆にした「レラック」なる医者を主人公にして、このレラックが上に述べたような奇跡を目の当たりにして、科学と宗教の狭間で色々思いまどうという筋書きにしてね。もっとも、書いた小説はお蔵入りにしていたらしいんですが、奥さんがカレルの死後に発表したため、世間に知られるようになったらしい。 ちなみに、なんでこんなダサい小説を私が読んだかと申しますと、この本、「あらゆる病気は、もともと単なる気の迷いなので、患者本人が治ると信じればすぐに治る」という自己啓発本の主張を裏書きするものとして有名だから。なにせ書いているのがノーベル賞受賞者ですからね。ノーベル賞取るような医者が、目の前で重篤の患者が瞬時に快癒したのを目撃しているんだから、自己啓発本の主張は間違いないでしょ、っていう根拠になっているのよ。 ま、そういうものなので、私も一応読んでみたっていうだけのことでね。 だけど、ルルドの泉の奇跡っていうのは、実際にあることはあるらしいんですな。で、当時から科学者が泉の水を分析したりするんだけど、水自体は別にどうっていうこともない普通の水なんですと。だけど、何故かこれを飲んだり浴びたりすることで、病気が治ってしまう人は実際に沢山居る。だからこそ、今なお巡礼の列が絶えないわけですが。 だから、その意味では「ルルドの泉に触れれば、私は治るんだ」という信念が、確か病気を治しちゃうっていうのは、本当なのかも知れませんな。 ところで、この本によると、著者のアレクシー・カレルっていう人も、なかなかいわくつきの人みたいです。 大体、この人は手先が器用で、血管の縫合とか、めちゃ上手かったらしいんです。出身地が縫製業で有名なところだったのでね。縫い物は上手いわけ。だからね、大怪我をした子供の血管を、その親の血管に直でつないで、ダイレクトに輸血をして命を助ける、なんていうウルトラC級の手術とかしちゃうの。すごくない? だけど、どういうわけか、途中で医学の道を放棄して、牧畜業を目指してフランスからカナダへ行く(なんで??)。 だけどカナダは田舎過ぎてどうも性に合わず、アメリカのイリノイ大学から招かれてアメリカで再び医学の道につく。で、その後シカゴ大学なんかで、臓器移植の研究をするんだけど、自分じゃ「成功した!」とか言っているものの、実際には拒絶反応があって(当たり前だ!)、彼の研究を額面通りには受け取れないらしい。 ちなみに、ここではチャールズ・ガスリーという研究者と共同研究していたのですが、共同研究なのに、発表する時はガスリーのガの字も触れないというところがあったらしく、後にノーベル賞を受賞した時も、「本当はガスリーに授与すべきだった」という説も流れたのだとか。 もっともガスリーって人もまた、ちょっとマッド・サイエンティストっぽい人だったみたいで、犬の頭を切り取って、別な犬に縫い付け、双頭の犬を作っちゃったりしたとか、「それ、ほんとに臓器移植の実験として必要だったの?」ってな実験をやっている。この双頭の犬の一件だけでも、ノーベル賞に値しない、っていう説もあるみたい。 で、その後、ロックフェラー研究所に移籍するんですが、そこでは日本の野口英世大先生なんかと同僚だったのだとか。 で、その後第一次世界大戦が勃発すると、カレルはフランスに帰ります。で、ノーベル賞の賞金で自前の研究所作ったりして楽しくやっていたみたいですけど、そこで意外なことに、かのアメリカの英雄、チャールズ・リンドバーグと懇意になる。義理の従姉妹が心臓病で亡くなったこともあり、リンドバーグはそういう系の研究をしていたカレルを応援する気になったらしいんですな。 で、驚いたことに、リンドバーグも単なる飛行機乗りというよりエンジニアなので、細胞培養に用いる機器を作ったりしてカレルをサポート、かくして二人は『器官の培養』という、まさに「STAP細胞は・・・あります」的な共著を出しているというね。マジか!! だ・け・ど。 ここからが悲劇よ。 カレルは、彼が生きた時代にはさほど珍しくなかった考え方ではありますが、優生学的な発想の持ち主だったんですな。つまり、心身とも健康な人間のみが生きるに値し、そうでない人間は早くあの世に送ってあげた方が双方のためだ、的な。 で、その考え方は、ナチス・ドイツの考え方をサポートするものと見なされるわけ。だってカレルは「ドイツ政府は、知的・身体的欠陥者、精神病者および犯罪者の増殖防止に精力的な手段を講じてきた。理想的な解決は、こうした個人が危険とわかりしだい、その各人を駆除することであろう」って書いちゃったんですから、これはもう、言い訳できない。 ということで、レジスタンス政府から「コラボラショニスト(ナチスへの協力者)」として激しい非難を浴び、公職から追放されたカレルは、1944年、失意のうちに亡くなります。 まあ、ノーベル賞受賞したっちゅーのに、ひどい後半生ですな! もちろん、身から出た錆だけど。 とまあ、アレクシー・カレルって、そんな波乱万丈(っていうのかな?)の人だったんだ、ってことが分かっただけでも、この本読んで勉強になりましたね。 ただ、この本を訳している川隅恒生さんという人の日本語が酷くてね。あと、重要なところで誤字も散見されるし。例えば、144ページ、カレルの生年を「1973年」としていたりね。そういうところは、ちょっと残念なところでございます。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 23, 2016 10:18:38 PM
コメント(0) | コメントを書く
[教授の読書日記] カテゴリの最新記事
|
|