|
カテゴリ:教授の読書日記
連載だ、書評だって、忙しくしておりまして、それでもそれらが割と順調に書けているものですから、余裕のよっちゃんだなあ、なんてぶちかましていたんですけど、よく考えたら私、1月末までもう1本、論文を書かなくてはならないんだった!
そうだ、論文を書こう。 なんて、京都行くみたいに思いついたのですけど、1月末ってあと2週間じゃん! ま、これは私自身が編集長を務めている奴だからね。私のやりたいように、私だけちょっとぐらい〆切を伸ばしたっていいんだ。編集長は無敵だからね。 しかし、それにしたって、とにかく書かなくちゃ。 で、センター入試の監督をやりながら、胸算用していたんですけど、今回は「カーネギー」についての論文にしようかなと。カーネギーって、ほれ、鉄鋼王の。アンドリューよ。 『カーネギー自伝』というのがありまして、これはアメリカでも日本でもよく読まれているものなんですけど、鉄鋼王がいかに無一物から莫大な資産を得たかという、痛快な自伝でございます。だけど、これ、自己啓発本でもあるのね。 自伝であり、かつ、自己啓発本でもあり、という意味で、『フランクリン自伝』と双璧。 『フランクリン自伝』の主眼は出世よ。一方、『カーネギー自伝』の主眼は金儲け。だけど、アメリカって、やっぱりキリスト教国家だから、金儲けの話って、あんまり好きじゃないのね。キリストも言っているじゃない、金持ちが天国に入るのは、ラクダが針の穴を通るくらい難しいって。 じゃあ、なんで『カーネギー自伝』は、金儲けの話なのに、自己啓発本になれたのか。 それはね、カーネギーは、前半生こそ金を儲けまくったけど、後半生でそれを全部、寄付しちゃったから。寄付っていうか、要するに、カーネギー・ホール作ったり、カーネギー・メロン大学作ったり、図書館作ったり、そういう一般大衆のためのものに金を使いまくった。富の再配分って奴。 だから、金儲けの話でもいいのよ。最終的に、儲けた金をいいことに使えば。 そうやって、カーネギーは、金儲けのための免罪符を作ったわけね。 そういう意味では、ビル・ゲイツとか、ウォーレン・バフェットとか、21世紀の金持ちたちだって、カーネギーの子供達、っていうことが出来るんじゃね? ま、そんな話をね。書いてみようかなと。 だけど、それだけじゃ面白くないから、もうちょい秘策を出すよ。 というわけで、アイディアは完成。あとは書くばかり。だけど、まだあと一日、明日もセンター入試の監督業務さね。やれやれ・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
January 19, 2019 11:40:32 PM
コメント(0) | コメントを書く
[教授の読書日記] カテゴリの最新記事
|
|