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カテゴリ:教授の読書日記
日本の自己啓発本出版史を考える上で『菜根譚』をとりあえず読んでみようと思ったんですけど、大学の図書館に行ったらたまたま入試日程に伴う休館日で、仕方なく市立の図書館に行ったら、オリジナルの『菜根譚』は置いてなくて、菜根譚がらみの自己啓発本しかなかった。で、その中で齊藤孝さんの『図解 菜根譚』ってのを選んで借りてきた次第。
で、読んでみたと。 で、これによると、そもそも『菜根譚』というのは、明の時代の洪自誠という人が書いた随筆集・箴言集で、洪自誠がどういう人かは、あまりよく分かっていないのだと。で、『菜根譚』は、「菜根」なんて言葉が使われているけれども、野菜とは一切関係なく、ただそれこそ牛蒡の根っこみたいに、筋の多い野菜を噛めば噛むほどに滋味が出てくるがごとく、滋味深い本になるよう、この名をつけたということらしい。内容としては仏教・儒教・道教の「三教一致」の観点から処世訓を綴ったものなんですが、ウィキペディアによると、かえって中国では重んじられず、1822年、加賀藩の林蓀坡(そんば)という人が2巻本として刊行すると、日本の禅僧の間で仏典扱いで盛んに読まれるようになり、また実業家・政治家などの間でもよく読まれたのだそうで。本書によると新渡戸稲造の『自警録』の中にもこの本からの引用が多いのだとか(1)。ちなみにこれも本書によると江戸の儒学者・佐藤一斉の『言志四録』からの引用が多いのだそうで(2)、やっぱりこの辺りが幕末以後の日本の代表的な自己啓発本ということのようですな。 さて、本書は、まず齊藤さんが『菜根譚』より抜き出してきた格言的なものを載せ、それをもうちょい分かりやすい日本語に訳したものを載せ、それを発端に齊藤さんが(自分の身に引きつけて、ということらしいですが)自分なりの解釈というか、自分はこういう形でこの格言を生活に活かしています、的なことを綴っていると、まあ、そんな具合なわけ。 で、肝心な『菜根譚』の格言なんですけど、これがね、結構難しい。パッと見、何が書いてあるのかわからず、説明文を読んでようやく意味が分かるという感じ。 例えば冒頭のこれとか、どう? 「以て事に応じ物に接せば、身心何等の自在ぞ」って。意味分かる? 隣に付された解説文によると、「それぞれの状況で柔軟に対応するならば、なんと身も心も自由自在であることか」という意味なんだって。要するに、ケース・バイ・ケースでやれと。 で、ここから齊藤大先生の御託宣が始まるんですけど、これがまた妙チキリンなものでね! 先生曰く、小中学校の同窓会に行くと、見た目の変化こそあれ、人間の本質は変わらないことが分かる。で、家族というのは野生のぶつかり合う場所だから、喧嘩することもあるけど、結局、そこに戻っていく場所である。会社も同じで、会社によってそれぞれのルールがあるけれども、その会社に勤めている以上、そのルールにある程度従うことも必要であろう。それぞれ思うところはあろうけれども、勤め先の会社のルールに従っておけば、却って覚悟が定まり、自由になれますよと。 で、最後に結論として「自分の所属する組織のルールを、自分の内側にしっかり育てよう」と。 はぁぁ?? 何コレ? 同窓会の話と、家族が野生のぶつかり合いだという話と、会社に勤めたら会社のルールに従えという話と、どこがどうつながるの? でもって、「以て事に応じ物に接せば、身心何等の自在ぞ」という洪自誠の教えを、どう解釈すると「会社のルールに従え」という結論になるの??? 謎だよね! ま、とにかく、本書はこういう具合で、洪自誠の『菜根譚』が、齊藤大先生流に大胆に曲解されて、さらに難解なものとなっていくわけでございます。 だから、まあ、齊藤先生の解釈の部分はとりあえず放置しよう。 そこは放置して、『菜根譚』のオリジナルな部分だけ拾っていけばいいんですけど、今回、『菜根譚』なるものを初めて読んでみて思うんだけど、全般的に言って説教臭いね! 例えば「喜びに乗じて諾を軽くすべからず。酔いに因りて瞋を生ずべからず。快に乗じて事多くすべからず」とか。要するにいいことがあったからって安請け合いしたり、酔った勢いで怒ったり、調子に乗ってあれこれ手を出したりするな、ってことでしょ。 あるいは「一念にして鬼神の禁を犯し、一言にして天地の和を傷り、一事にして子孫の禍を醸す者有り」とか。たった一回の失言で、全てを台無しにする奴って居るよね、と。あ! これ、女性蔑視発言の森さんに聞かせたかったね! あるいは、「群議に因りて独見を阻むこと母れ、公儀を借りて私情を快くすること母れ」とか。みんなで寄ってたかって個人の意見を潰すな、世論の力を借りて自分の意見を通すなってことか。これ、今の日本社会全体が、耳の痛い話なんじゃないの? 「人の悪を攻むるときは、太だは厳なること母く」。人に説教するときは、あまり厳しくするなよと。 「悪を聞きては、就には悪むべからず。善を聞きては、急には親しむべからず」。悪い噂は鵜呑みにするな、良い噂もそのまま信用するな、と。 「人定まらば天に勝ち、志一ならは気を動かす」。人間が一旦本気だせば、運命も世論も変えられるよと。 「小人と仇讐することを休めよ」。バカな奴とは関わるなと。 とまあ、どれもごもっともなご説なんだけど、その一方どれも上から目線の説教ばっかで、私は嫌い、この本。『論語』は孔子の言行録だから、孔子の人間臭さが出ていてとても面白いと思うけど、『菜根譚』は単なる説教だから文学的にはつまらん。だけど、今でも通用するような説教だから、実業家とかは好きなんだろうね。 というわけで、『菜根譚』ってのが大体どういう方向性の本かっつーことはこれで分かった。後は講談社学芸文庫版をざっと読めば、見損なうことはないな。 それにしても、だよ。なんなのこの齊藤大先生の解説は。どーでもいいことをつらつらと。本書によると齊藤大先生、40代にして『声に出して読みたい日本語』を出したらこれが250万部くらいの大ベストセラーとなり、あとは飛ぶ鳥を落とすがごとしだそうですが、なるほど、一冊でもすごいベストセラー出すと、あとはどんなにつまらんことを書いていても、ひっきりなしに世間から声がかかるってことか。 それにしても、齊藤大先生、まあ、底抜けにぬるいお仕事をなさっておられますわ。「快に乗じて事多くすべからず」っていう『菜根譚』の教えはどうしたの? おっと、つい厳しいことを言ってしまった。「人の悪を攻むるときは、太だは厳なること母く」だった。 ということで、この本、とても人さまに推薦できるような本ではございませんが、『菜根譚』の凡そのところが分かったということで、自分的にはそれなりに役には立ったのでした。 ![]() 図解 菜根譚 バランスよければ憂いなし [ 齋藤 孝 ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
February 28, 2021 03:01:52 PM
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